第217話 メイドと同居生活(今更)

 その後、有希のお父さんが罪を認め謝罪会見を開いた。おおひらふうず側に贈賄罪、大学側に収賄罪が認められた。

 被害届を提出していた俺に対しては、おおひらふうず側、大学側、両方からの恐喝罪が認められて、賠償金が支払われることになるみたい。

 今回の事件の発覚は、賄賂資金を支出するのに賄賂費として会計処理はできないため、架空の経費として処理していたことが税務調査で明らかになったみたいだ。

 おおひらふうずが容疑を認めたことにより、身内である有希も事情聴取を受けることとなった。


「大丈夫です。すぐに戻って来ますので」


 いつもの美しい笑顔を残して彼女が出て行き、季節は秋から冬へと移ろう。


 まだ、彼女は帰ってきていない。




 ♢




 吐く息が白く目立つ。


 すっかり冬と呼べる季節になってしまい、有希のいない日常は身も心も寒くなる。


 彼女が出て行き二カ月が経過した12月。


 未だ帰って来ない彼女の帰りを俺はただ待つことしかできない。


 もしかしたらこのまま帰って来ないのじゃないのかとも不安になる。


 今日も、扉を開けたら有希が出迎えてくれるんじゃないかと思いながら家のドアを開けた。


「おかえりなさいませ。ご主人様」


 扉の向こうにはメイドがいた。


 一瞬、幻覚ではないかと目を疑ったが、そこには見覚えのあるロングスカートのメイド服姿の銀髪の美少女が立っていた。


「有希……」

「えへへ。今のはセリフが違いましたね。どちらかというと、私の……きゃ!」


 彼女の愛らしいセリフを全て聞く前に抱き着き、そのセリフを打ち消してやる。


 有希も別にセリフの続きを言いたいわけじゃないみたいで、腕を回して強く返してくれる。


「おかえり」

「ただいま、です」


 数秒間抱き合ったが、色々と話したいことがあったので抱擁を解くと、「ぁ……」なんて有希の名残惜しそうな声が漏れた。


「久しぶりの晃くんのギュッだったのに」


 そのまま拗ねた声を出してきやがるので、もう一度抱きしめた。




 ♢




「色々とやり残したことがありましたので、それの清算に時間がかかってしまいました。と言っても、まだ完全に終わったわけではございませんが」


 いつまでもリビングで抱き合ったままってわけにもいかないので、リビングに入る。


「色々って?」

「そうですね……。本当に沢山あったのですが、例えば……」


 有希は自分の着ているメイド服のロングスカートの丈の部分を軽く摘まんで持ち上げる。


「これとか」

「そういえば、いつものメイド服を着てないな」

「はい。メイドカフェのバイトはやめましたから制服もお返ししました」

「!?」


 衝撃的なセリフに、一瞬だけ言葉が出なかった。


「な、んで」

「私がいると迷惑ですからね。店長や他のバイト仲間さん達は一緒に働きたいって仰っていただきましたが、どこで情報が漏れたのやら、あの事件から冷やかしや嫌がらせをするお客さんが来るようになってしまいまして、大事になる前に自分から退職させていただきました」


 有希に嫌がらせする奴はどこのどいつだ。許せない。


 こちらの怒りに気が付いているのか、有希は黙ったまま軽く手を握ってくれる。


「それは全然平気なのですがね……」

「他にも問題があるのか」

「ええ。大問題がございまして……」

「なんだ!? なにがあった!?」


 彼女の肩を掴んで、その大問題とやらに不安を覚える。


 もしかしたら、嫌がらせというのが非常に悪質なものなのではないだろうか……。


「もう、いつものメイド服が着れません。これは大問題です」

「……」

「晃くん?」

「ふぁああぁぁあん……」


 軽くだけ力が抜けた。


「どうかしましたか?」

「いや、その……なんだ」


 そんなことと思うのは俺の主観的感想。


 彼女がメイド服を好きなのは出会った当初から言っていたこと。それを、そんなことと思うのは違うな。


 彼女にとってはミニスカメイド服を着れないのは大問題だ。その証拠に、色々大変なことがあった例の一番最初にメイド服を出してくるくらいだし。相当な問題なのだろう。


「ロングのメイド服、取ってたんだな」


 今、有希が来ているロングスカートのメイド服は去年の文化祭での衣装だ。


「生徒会特権として私が預かっておきました。えっへん。私、悪いでしょ?」

「相変わらず職権乱用が下手だな」

「むぅ。でも、このメイド服がなかったら晃くんをお世話する時は裸エプロンになりますよ?」

「そっちの方が良い件」

「だめだめ。フリフリの可愛いエプロンを持ってませんので」

「エプロンの問題なんだ……」


 いつも通りのやり取りが嬉しくってついつい笑ってしまう。


「あ、それと」


 思い出したように、次の色々と清算した件の続きを話してくれる。


「家も強制退去となりました」


 有希の部屋の方を指差して、ついでに言っとこ、みたいな感じで言ってくるから、「ふぅん」なんて頷いてしまう。


 この時はまだ、裸エプロン見たいなぁ、とか思春期爆発な思想だったけど、数秒してから事の重大さに気が付く。


「ええ!?」


 脳がようやくと理解して、相応のリアクションが出たところで有希から説明が入る。


「両親がやらかしましたからね。契約違反となりました。既に隣はもぬけの殻となってしまっております」

「おいおい。そんな軽いテンションで良いのか? 家がなくなったっていうのに」

「大丈夫ですよ。だって私、ここに住みますので。お義父様とお義母様の許可は得ております」

「なんだってええええええ!?」

「あのー、晃くん?」


 有希がジト目で見てくる。


「私がここに住んだところで、今までと特になにも変わらないような」

「一応、美少女と同居をする主人公を演出したつもりなんだが」

「大根役者ですね」

「ほっとけ」


 クスクスと笑ったあとに有希は頭を下げてくる。


「そんなわけでご主人様。改めて、まだまだ未熟なメイドですが、よろしくお願い致します」

「また、よろしくな」


 有希が帰って来たかと思ったら同居することになるとは思わなかった。


 ま、彼女の言う通り、半同居みたいなものだったので、今までとなにも変わらない生活になりそうではある。


「というか、晃くん? なんです? この部屋」


 有希が周りを見渡す。


 リビングにはゴミやら服やらなんやらが散乱している状態。


 胸を張って答える。


「俺らしいだろ」

「全くもぅ」


 呆れた声を出す有希は嬉しそうな顔をする。


「ほんと、私がいないとダメな人ですね」


 嬉しそうに言ってのけると、掃除を開始する。


「すぐに片づけるのでご主人様はいつもの場所で待機」

「はーい」

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