第215話 対面

「ゆきりん!」


 文化祭二日目の教室に響き渡る白川の声。


 名前を呼んだ勢いのまま、有希へと抱き着いた。


「大丈夫? 大丈夫なの?」


 ニュースを見たのだろう、白川が泣きそうな声で心配してくれている。


 そんな彼女に対して有希は優しく背中をトントンと叩いて答えた。


「大丈夫ですよ。なにも問題ありません」


 有希が意外といつも通りなのに安心したのか、ぐすっと白川が泣きだす。


「ほん、と?」

「ほんとです。私が琥珀さんにウソをつくとでも?」

「なん、ど、も、ついてんじゃん……」

「あっれー? あ、ははー?」


 白川を心配させまいと、ちょっぴりおどけてみせる彼女の気持ちは、余計に白川の涙を加速させるだけだった。


「こおおおお!」

「うぉっ!」


 名前を呼んだ勢いのまま、俺へと抱き着こうとしてくる正吾を華麗にかわすと、「べぶっ!」っとそのまま壁に激突した。


「おーい、生きてるかー?」


 顔面と熱いキスをかわしている正吾に尋ねると、むくりと起き上がった。


「なんでかわすんだよ!?」

「いや、普通にきしょいだろ」

「あっれー!? 絆の深まった幼馴染であり親友じゃなかったっけ!?」

「そうだけど、朝一番に俺に抱き着く理由がわからん」

「そりゃ、今朝のニュース見たからだろうが。おらぁ心配で、心配で」

「なら、抱き着く相手は俺じゃなくね?」

「俺が大平に抱き着いたらどうなる?」

「おそらく、しぬだろうな」

「そうなっちゃうよねー」

「うるさい! ゴリラ!」


 白川のまじなトーンに、「すみません」とゴリラもまじで謝っている。確かに、シリアスなシーンにゴリラが来ると怒るわな。


「琥珀さん。本当にありがとうございます」


 有希が自分の胸で泣く白川へと改めて礼を言うと、これからのことを彼女へ伝える。


「私は一度両親とお話しします」

「え……」


 驚いた声を漏らす彼女は、顔を上げて有希を見る。


「今日、学校に両親を呼び出して話そうと思います」

「それって、大丈夫なの?」


 白川も有希の両親のことは詳しくは知らないだろうが、俺への仕打ちのことを知っているので、内心ではやばい人達って認識なのだろう。


 今にも引き止めそうな白川の口を有希が言葉で塞いだ。


「晃くんと一緒です」


 そう言うと、白川は腫らした目でこちらを睨みつけてくる。


「守神くん!」

「は、はい」


 その勢いについつい、返事をしてしまった。


「ゆきりんになにかあったら許さないからね! しっかり守ってね!」

「了解」


 白川に親友を託されて、誠心誠意を心を込めて返事をすると、ポンっと肩に手を置かれる。


「晃」


 振り返るとそこにはゴリラではなく、真剣な眼差しで見つめてくる近衛正吾の姿があった。


「学校でなら俺らも手の届く範囲にいる。困った時は頼ってくれ」

「俺は正吾に頼りっぱなしだな……」


 ついつい本音を漏らすと、バンッと背中を叩かれる。


「なにバカ言ってんだ。俺は晃に頼られるのがすげー嬉しいんだ。だからおめぇと親友してんだよ」

「正吾……。もしもの時は頼るよ」

「任せとけ」







 中庭に簡易的に設置されたテラス席には屋台の商品を買った人達で賑わっていた。


 そんな中、なにも買わずにテラス席に座るのは居心地が悪い。だけれども、今はなにかを食べる気にもなれない。


 もうすぐ有希の両親が来るだろう。


 彼女がスマホの電源を入れた時、着信履歴がえげつないことになっていた。


 実の娘のことも気遣えない連中が来るのかと思うと身構えてしまう。


 比べるわけではないが、俺の両親はLOINを一通送ってくれて、『すぐに行くから待ってろよ』と、簡単だが、俺としては頼りになるメッセージを送ってくれた。


 早く来てくれないかな……父さん。むしろ、有希の両親より早く来てくれたらどれほどに楽か……。


 いや、そんな弱気じゃだめだな。俺が有希を守る気持ちを強く持たないと。


 意外とある筋肉は野球のためだけか? んにゃ! 有希がこの筋肉を好きだから維持している見せ筋だ!


 見せ筋じゃだめじゃね?


「晃くん」


 流石は妖精女王ティターニアといったところか、もうすぐ両親が来るというのに冷静な有希がこちらに呼びかける。


「来ました」

「え」


 振り返ると、明らかに強者のオーラを放っているふたりの大人の姿があった。

 あれが有希の両親ってのは目に見えてわかった。


 母親の方は、有希みたいに銀髪の髪を靡かせて、モデルのように歩いてやってくる。サングラスはイキりが付けるものってイメージだけど、彼女のサングラス姿は高級ファッションを思わせる。


 父親の方は、短髪の黒髪で眼鏡をかけている。堂々たる歩きっぷりは、まるで自分の島を歩いているようで、ここが自分の学校だというのを忘れさせる。


 ふたりとも、昨日までの慌てぶりはどこへやらって感じで、威風堂々って感じが、ビンビンに伝わり、俺はなんのリアクションも取れずにいた。


 それは周りの生徒達も感じたみたいで、一瞬、時が止まったみたく、彼等に注目がいく。


「有希」


 本日は金切り声ではなく、春先にスマホから聞こえてきたかのような声でサングラスの女性が駆け寄ってくる。


 俺の姿など完全無視して、そのまま有希へと抱き着いた。


「え……」


 唐突な抱擁に有希は面くらった顔をする。


「ごめん、ごめんね、有希」

「……は?」


 母親からの速攻の謝罪に、更に困惑を深める有希であった。

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