第208話 離れ離れが一番の迷惑。だから、これからも一緒にいてください
有希を優しく抱擁していたかったけど、玄関の前でずっと抱きついているのも他の住民の迷惑になると思い、ひとまず俺の家へと入る。
いつものリビング……とは言えないか。
有希と出会ってから部屋はずっと綺麗なままだったので、汚いリビングに有希を入れるのは変な意味で新鮮である。
彼女はこんなゴミ屋敷だってのに、野球帽を外して律儀に正座をして縮こまっていた。
座るところもない俺はベッドを椅子代わりに座り彼女を見る。
「それで? なんで俺を避けてた?」
言いにくいことなのだろう。彼女は視線を伏せて口をつぐむ。
「言いたくないなら無理には聞かない」
そんな言葉を放つとどこか安心したかのような表情をした。
「なんて言うと思ったか」
「え」
顔を上げた有希の顔はなんともまぁ目をまん丸にして、呆気に取られたような表情であり、少し笑いそうになる。
彼女の珍しい表情を間近で見ようと彼女の真ん前に座り、ジッと見つめる。
「今日は無理矢理にでも事情を聞くからな」
「嘘つき」
「お互い様だろ? 有希だって俺に嘘の別れを告げようとしたじゃないか。あれ、嘘でもショックだったんだぞ」
「……すみません」
しおらしい有希も見ていて守りたくなるが、やっぱり俺は凛として堂々としている有希が好きだ。
こんな有希は見たくない。
「事情、言ってみ。な?」
有希の頭を撫でる。いつもみたいに綺麗な髪を撫でてやると、ゆっくりと重い口を開いた。
「私……の、せい、なんです。私のせいで、晃くんが大学に落ちたんです……」
大学に落ちた話題が出たが、どうして有希のせいで落ちたことになるのか理解できない。
「なんで有希のせいなんだ?」
「お母様が、私を政略結婚させようとして、私と晃くんを、引き離すために晃くんの受けた大学に賄賂を渡して、晃くんを落としたんです」
彼女の口から放たれる真実に言葉が出なかった。
確かに、有希はあの世界的に有名なマックスドリームバーガーの社長令嬢。
政略結婚なんて時代錯誤なことを虐げられてもなんとなくわかる気がする。
「今日、本当は、その政略結婚させられる、相手に、会う予定だったのですが……。行きたくなくて、晃くんと、会えてね、嬉しかったん、です」
なるほどな。だからそんな、ちょっとコンビニに行くような格好だったか。彼女なりの反抗だったのだろう。
有希は耐えられなくなったのか、涙を滲まさせ、手を強く握りしめていた。
「私、わ、たし……これ以上、晃くんに迷惑かけたくなくて……。大好きな晃くんに迷惑かけたく……ないから……わたしは……もう晃くんと……一緒にいられない……」
「お前ばかだな」
泣きじゃくる女の子に放つ言葉ではないかもしれないが、どうにもこの真面目ちゃんにはそれくらい言ってやらないと気が済まなかった。
ばかってなんですか、なんて言いたそうな泣き顔をしているが、そりゃこっちのセリフだ。
「あんな、こらからもこんなことがないようにはっきり言ってやる」
大きく息を吸ってから真っ直ぐに泣いている女の子に向かって言い放つ。
「お前が俺から離れるのが一番の迷惑だ!」
渾身の一撃をおみまいしてやった。
「大学に落ちたから? これからも俺に迷惑がかかる? そんなもん迷惑でもなんでもねぇよ」
だからさ、と彼女の手を握ってやる。すっかりと冷えた手を温めるように握る。
「これからもずっと一緒にいてくれよ。やっぱ、俺は有希がいないとダメだわ」
「こぉ、く、ん……」
うああああん!
幼い子供みたいに泣きじゃくる有希を抱き寄せた。
ここは外じゃない。家の中だ。なので、彼女が泣き止むまでずっと、ずっと抱きしめてられる。
♢
泣いてスッキリした有希は目を晴らしながらにっこりと笑った。
「晃くん。ありがとうございます。もう、大丈夫です」
「本当か?」
「はい。晃くんパワーをいっぱい充電しましたから。すっかり元通りです」
ふふ、なんていつもみたく笑うと、遠い過去を思い出すみたいな表情をしていた。
「私、ばかですね。どうしてお母様に絆されてしまいそうになったのか……」
「俺の抱擁が効いた?」
「効果抜群です。もう、私は迷いません。お母様がなにを言ってこようが関係ありません。晃くんと共にいます」
いつも通りの笑顔は、その言葉の真意を示してくれており、もう心配する必要もないように感じた。
遠回りしたおかげで俺達の絆は深まった気がする。
「それにしても……」
途端、有希はジト目で俺の部屋の見渡して呆れた声を発した。
「私がちょっと家に来なかっただけでこれですか?」
「部屋を汚くするのも才能だろ?」
「そんな才能いりません! まったくもぅ、掃除しますよ。晃くんはいつも通りベッドの上で専属メイドの華麗なる掃除テクをご覧になってください」
「すみません。ご迷惑をおかけします」
「迷惑?」
ピクリと反応すると、どこか悪戯っ子みたいな顔を見してくる。
「こんなものなんの迷惑でもありませんよ。私の迷惑はあなたが離れること、ですから」
「あれ? それ、俺の名言では?」
ベッと可愛らしく舌を出すと、ゴミを跨いで玄関の方へと向かう。
「メイド服取って来ます」
「あ、やっぱり着るの」
「当然です。私はあなたの専属メイドなのですから、メイド服でお世話しないと」
そう言い残して、形から入る俺の専属メイドは楽しそうにメイド服を取りに行った。
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