第206話 お前は守神晃だろうが
大学入試に落ちた。
そりゃショックだ。
今まで勉強してきた時間が全て無駄だったと、不合格通知、ペラ紙一枚に言われた気がした。
「やっぱりおかしくないか?」
3年A組の自分の席で、正吾が珍しく難しそうな顔をして困惑の声を出していた。
「俺が受かって晃が落ちるなんて納得ができん」
「そりゃ俺が言いたいわ」
ため息混じりの声が漏れる。
正吾は無事に大学に受かったみたいだ。そして芳樹も受かったと聞いた。まさかの俺だけが落ちるとか笑えない冗談。
こちらの落胆の声を察した正吾が様子を伺うゴリラみたいな瞳で、「ごめん」と一言謝ってくる。
こんな空気は初めてじゃない。
俺が肩を潰して野球ができなくなった中三のあの頃も、こんな地獄のような空気だったな。
あの頃は、まだ精神的にも幼かったが……。
「そんな気を使うなっての。あの頃はガキだったが、今は高三の晃さんだぞ?」
「晃がダジャレを言うなんて……。すまねぇ……すまねぇ」
自虐ネタを織り交ぜて心配するなって意味を込めたんだけど、逆に心配されちゃった。やっぱり自虐ネタはだめだね。
どう伝えれば大学のことに関してはそこまで落ち込んでいないことを伝えられるのか悩む。
そうだ。大学入試に落ちたのはそこまでの挫折とは思っていない。
大学入試は俺が受けた大学だけじゃない。まだまだいくらでも可能性はある。他にも推薦入試は受けることができるし、一般入試だってやってる。いくらでも大学に入るチャンスはある。だから、行きたい大学を絞って勉強に励めは間に合うはず。
大学はさして問題じゃない。
問題は有希だ。
不合格通知が来たあの日から妙によそよそしい。
家にも来なくなったし、LOINは全部無視されてしまう。直接話かけても、「すみません」と言われてその場を去ってしまう。
大学入試に落ちたことを相当怒っているのか。
大学生になった時の家のこととかの将来設計が乱れた。加えて、あれだけ時間と労力を俺に費やして、結果落ちちまったら、そりゃ有希だって怒るわな。
謝りたいのだが、謝れない。
「俺はどうしたら……」
「守神くん」
有希にどうやったら許しをもらえるか悩んでいると、白川が俺の席へとやって来る。
「近衛くん。ちょっと守神くんとふたりで話をさせてもらえる?」
「んぁ? で、でもだな。今の晃は俺なしだと死んでしまうかも知れん」
「確かにそうだね」
「え!? 俺ってゴリラなしだと死にそうな顔してる!?」
「してる」
「うそやん……」
自分の顔をペタペタと触ってみるが、そこに答えは書いてなかった。
「ま、ま、ま。ちょっとだけだからさ」
「白川がそこまで言うなら……。晃、寂しくなったらいつでもサボテンしてやるからな」
「組体操のサボテンのことを言っているのなら、わかりにくいからもっとわかりやすいボケを出せよ、ボケ」
「……守神くん。相当重症だね」
「ああ」
「今のツッコミは平常運転だと思うんだけど」
「キレがないよ」
「だな。いつもの晃なら、『しばく』これだけでのはずだ」
「俺って辛辣なキャラなの?」
♢
白川に連れられて、教室の前の廊下に出る。
まだ休み時間のため、廊下で駄弁っている生徒の姿がチラホラと見られる。俺と白川もその一組となった。
「ゆきりんとなにがあったの?」
「いきなりだな」
「回りくどいのは好きじゃないからね」
「流石は白川様だ」
唐突な本題への切り込み方に感心しながらも、ため息混じりで答えてやる。
「大学に落ちた」
「知ってる」
「ですよね」
白川にも大学に落ちたのは話をしたので把握していて当然だ。
「私が聞いてるのは守神くんの大学のことなんかじゃない」
「それ、結構冷たくやしませんか?」
「わたし知ってるもん。守神くんはそんなことで挫折するような弱い人間じゃないって」
「えらく過大評価されたもんだ」
「だから、守神くんの心配はいらないって思ってる。それよりもゆきりんだよ。なにがあったら、あんな感じになるのよ」
あんな感じとはよそよそしい態度のことなのだろうか。それは俺だけではなく、白川もくらっているという解釈で良いのだろうか。
「俺にもわからないんだよ。取り付く島もないというか……。多分、大学に落ちて怒っているとは思うんだけど……」
自分の考えをポロっと出すと、白川がえらく怒った顔をしていた。
「それ、本気で言ってるの?」
「それ以外になにがあんだよ」
「あるに決まってんだろ! ばか!!」
白川の大きな声が廊下に響き、その場にいた生徒がこちらに注目してくる。そんな視線も気にせずに、彼女は大きな声で叫び出す。
「大学に落ちたくらいであんな態度になるはずないだろ! 他に原因があるに決まってるだろ!」
「そんなん俺だってわかってんだよ!」
白川の叫びに、こちらも叫び返してしまう。
「有希がそんなことであんな態度取るはずないってわかってんだよ! でもよ! 他に原因たって、話しかけてもほぼ無視される相手にどうやって原因を聞けってんだよ!」
「そんなん知るか! 自分で考えろ!!」
なんとも身勝手な言葉を投げられてしまう。
「お前は守神晃だ! わたしの初恋の守神晃なんだ! わたしの好きな守神晃なら、まっすぐ自分の思いを好きな人に伝えろ! わからないからって逃げるな!」
顔を真っ赤にして、涙目で訴えてくる白川の言葉が胸に刺さった。
涙を袖で拭いて、ちょっと落ち着いたらポンっと俺の肩に手を置いてくれる。
「あんたらバカップルがいつも通りじゃないと、楽しくないよ」
「……白川」
彼女の熱い言葉を受けて、こちらも少しばかり目頭が熱くなる。
「ありがとな」
「ほんと、イチャついてたらムカつくけど、イチャついてなかったらなかったで心配になるでしょ。さっさと問題解決して、イチャイチャしやがれ。ばぁか」
そんな嫌味を言うと、白川は教室に戻って行った。
彼女からの喝をもらい、俺もうじうじとしていた心を入れ替えて、有希に事情を聞くことにしよう。
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