第204話 幸せと不安のアンバランス

 ふと目が覚める。


 開いているカーテンからは、国道から放たれる車のヘッドライトの光が多少入って来ている。そのため、真っ暗ではなくて部屋は見渡せる状態。


 どうやら夜のようだ。


 体はまだちょっと熱っぽい感じがあるが、先程と比べると多少はマシだ。


 額に違和感があったので手を添えてみる。


 触ってみると、熱冷ましのシートのようだ。


 おそらく有希が貼ってくれたのだろう。


 そんな有希は自分の家に帰ったのだろうか。


 シーリングライトのスイッチを点けると、部屋が明るくなり──。


「おっ」


 つい声が漏れてしまう。


 こたつテーブルに突っ伏して眠っている有希がいた。


 こたつテーブルの上にはスーパーにでも行ってくれたのか、袋が置いてあり、服装も私服に着替えていた。


 まぁ、あのナース服で外に出たら色々な意味で大騒ぎになっちゃうからな。


 それにしたって……。


「こんなとろこで寝たら風邪引くぞ」


 俺は、のそのそと起き上がり、彼女を起こそうと隣に座る。


「……ったく。完璧メイド様なのに、どっか抜けてやがるよな。ま、そんなところが可愛いくもあるんだが」


 惚気を一つ放ちながら彼女を起こそうと思い、手を伸ばした。


 が、手が止まる。


 寝息のほとんどない寝顔。


 それがとても神秘的で、ついつい手を止めてしまったんだ。


 彼女の寝顔をもっと見たくって、俺も机に突っ伏して、間近で見る。


 長いまつ毛に覆われており、瞳が開いていなくても大きくわかる目。


 綺麗な鼻筋。


 そして、何度も、何度もキスを交わしたことのある唇。


 いつまでたっても慣れなくて、ドキドキしてしまう美しい顔立ち。


「なんで……」


 そんな有希の顔が、なんとなく悲し気に見えてしまうのを勘違いだと思いたい。


「キスしたらそんな悲しい顔しないでくれるかな」

「キスしたいのです?」

「!?」


 唐突に開いた瞳が俺を捉える。


「ゆ、有希……。起きてたのか」

「それはこちらのセリフですよ」


 ふふっと妖精がイタズラをするかのように微笑んでくる。


「キス、したいの?」

「い、いや……」

「私としたくないと?」

「そりゃしたいけど……」

「ん……」


 こちらが困惑の回答をしている隙に、有希が唇を重ねてくる。


「ん、あ……♡」


 少し激しめのキスに、俺から離れてしまう。


「ちょ、ちょっと待てって。俺、病人だぞ。風邪がうつる」

「別に晃くんの風邪ならうつしてくれて大丈夫です。むしろ歓迎します」

「いや、だめだろ」

「私とキスしたくないの?」

「そりゃ、したいけど……」

「ん……」


 こちらが困惑の回答をしている隙に、有希が唇を重ねてくる。


「ん、あ……♡」

「ち、ちょいちょい。本気でうつるぞ!?」

「別に晃くんの風邪ならうつしてくれて大丈夫です。むしろ歓迎します」

「無限ループ!?」


 こちらの反応に有希が小さく笑って起き上がり、「本気でうつして良いんですよ」とか言いながら、「うーんっ」と伸びをする。


「すみません。晃くんの看病をしないといけない身なのに寝てしまいました」

「い、いや、別にそんなのは気にしなくても大丈夫」


 気にしていないことを告げると、有希は立ち上がってから聞いて来る。


「食欲はありますか?」

「あんまり。熱はちょっと下がったけど、まだ、だるいかな」

「わかりました。だったらお粥にしましょう。少しでもお腹にいれないとダメですからね」


 キッチンへ向かおうとする有希の姿はいつも通りのはず。


 悲しい感じなのは俺の勘違いのはず。


 なんだけど──。


「きゃ」


 俺はちょっと強引に有希の肩を掴んで再三のキスを交わす。


 強引に引き寄せたキスなのに、有希は受け入れてくれる。


 少し長めのキスをした。


「ん……。はぅ……ぁ……。晃くん、お腹は空いてないけど、私は食べれるのですね。ふふ。これだけ激しいのを何回もしたら、完全に晃くんの風邪もらっちゃいます」

「それはごめん」

「良いんですよ。晃くんのなら、なんでも歓迎なんですから」


 そんなことを言ってくる有希へ、もう一度キスをした。


 四度目のキス。しつこいくらいのキス。それなのに有希は優しく、優しく俺を受け入れてくれる。


「こぉ、くん、今日はどうしました? 熱でおかしくなっちゃいました?」


 トロンとしている有希の表情の奥からは、やはり悲しさは拭えていないように見える。


「キスしたら有希の悲しそうな顔がなくなると思ったけど、そうはならないんだな」


 こちらの発言に、ピクッと反応すると視線を逸らされてしまう。


「私、そんな顔してました?」

「そんな顔はしてない。ただ、なんとなく悲しそうな顔をしている気がしただけ。違ったらごめん」

「……ほんと、なんでもお見通しなんですね」


 有希はそのまま俺の胸元へと顔を埋める。


「風邪をひいてるのに抱きついてごめんなさい。でも、今はこうしても良いですか?」

「風邪でもなんでも、いつでも良いよ」

「贅沢なワガママを聞いてくれてありがとう、ございます」

「こんなのは贅沢なワガママなんかじゃないって。それこそ、有希ならいつでも大歓迎だっての」

「……ワガママですよ。それもかなり贅沢な……」

「なぁ有希? 最近、様子おかしいよな?」


 俺の胸元で先程よりも体を震わせた。


 それは肯定と捉えて良さそうだ。


「夏休み前くらいからちょっと変なのは気が付いてた。でも、有希のことだからそのうち喋ってくれるかなって……」

「気が付いて、くれていたのですか……」


 そう言うってことは、やっぱりなんか隠し事があったんだな。


「有希が全然喋ってくれないからさ」

「すみません」

「いや、そういう意味じゃなくてな。本当にやばかったら俺に言ってくれるって思ってたからさ。有希を信用してるからこそ、喋ってくれないってことは大丈夫なんだって安心してたんだよ」


 ただ……。


「やっぱり、有希の悲しそうな顔見てたら、俺はなにを呑気なこと言ってたんだって自分に怒りがわくよ。大事な彼女にそんな顔させて、無理させて……」

「大丈夫です!」


 有希が食い気味に否定してくる。


「晃くんはなにも悪くないです。なにも喋らなかった私が悪いんです。本当に申し訳ありません」


 ちょっぴり泣きそうなか細い声でポツリと語り出す。


「大丈夫ですよ。大丈夫なんです。もう解決しましたから。本当に解決したんです」


 でも、


「なんだか心残りというか、シコリがあるというか。その不安のシコリを残したまま、晃くんと幸せな日々を送ってて、時々大きな不安がやってくるんです。こんなにも幸せで良いのかと……。幸せ過ぎて怖いといいますか……。なんだかちょっと訳がわからなくなって、最近おかしいんです」

「確かに、ここ最近の有希はおかしいよな」


 軽く笑って答えると、「むぅ」と拗ねた声を出されてしまう。


「そこは否定してください」

「否定はできん」

「もぅ、晃くんのバカ」


 ぽこぽこと可愛く俺を叩く。


 ちょっと強い叩きだったが、次第に弱くなっていく。


「私がおかしいのわかってるのなら元に戻してください……」


 小さく言ったあとに、胸元から上目遣いで見つめてくる。


「私のことめちゃくちゃにして、不安なことを忘れさせてください! 私を晃くんで満たしてください!」

「有希……」

「晃くんにならめちゃくちゃされていいです。乱暴されていいです」


 有希は顔を真っ赤にして俺に懇願してくる。


「晃くんで私をいっぱいに、して……?」

「有希……!」


 有希の懇願を受け入れて、俺は彼女の不安を取り除くように、彼女を包み込んだ。


 これで有希の不安を取り除けたかどうか……。


 ただ、俺はできるだけ彼女の要望に応えるように、ひたすらに……。

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