第202話 自称保健委員のメイド様はご主人様に熱があるのに嬉しそう

「べーっくしゅ!」


 職員室に響き渡るくしゃみの音に対して、教員達が瞬間的に反応したが、すぐに自分の業務に戻った。


 目の前の猫芝先生は心配気な顔を見してくれた。


「風邪?」

「なんすかねぇ」


 ずずずーっと鼻をすすって、もう一発くしゃみをかましてやる。


「大丈夫? 顔もちょっと赤い気がするけど」

「可愛いは作れるのキャッチコピーである猫芝先生の前にいるからですかね?」

「そんだけ冗談が言えたら大丈夫ね」


 呆れた声を出されてしまった。


「それで、どうかした? 守神くんが職員室に来るなんて珍しいわね」

「あ、そうそう。受験の結果なんですが……」

「結果? まだでしょ」

「一応、有希が自己採点してくれて合格圏内かなと」

「大平さんが自己採点やってくれたのなら安心ね」


 絶対的信頼を寄せてるな、ウチの専属メイド。


「そんなわけで、色々と相談にのってくれた先生にお礼をと思いまして」

「それは気が早いんじゃない?」

「早くないですよ。もし不合格だったとしても、先生には絶対お礼をしに行くつもりでしたし、後になって都合がつかなくなってお礼を言えないなんて嫌ですから」

「守神くんって意外としっかりしてるわよね。一人暮らししてるから?」

「有希に似たんですかね」

「はいはい。ちゃっかり惚気を聞かされて三十路は不愉快です」


 先生は乾いた笑いを出した後に、「でも、そっか」なんて椅子に深く座り天井を見上げた。


「一年生の頃から見てたけど、あの時はこんな感じになるとは思いもしなかったわね」

「擦れてましたよね」

「相当ね。暗かったぁ。ほんと、暗かったわぁ。どうしたら良いか全くわからなかったもの」

「でも」


 先生は嬉しそうな顔をしてくれる。


「大平さんと一緒になってから、そりゃもう人が変わったみたいになったわよね。ふふ。ほんと、大平さんには感謝しないと」

「そうですね。俺の全てです、有希は」

「まぁ、そうなのかもね。ふたりを見てるとそう思えるわよ。だから──」


 べえええっくしゅ! と最大のくしゃみをかましてやる。


「ちょっと、今から三十路名言を放とうと思ったのに」

「失礼しました。どうぞ」


 コホンと咳払いをしてから真剣に言ってくる。


「絶対に彼女を手放しちゃだめよ」

「遠慮なく。ささ。どうぞ、三十路名言を」

「今言ったの!」

「ん?」

「ん? じゃなく! 今のが名言!」

「……え? 今の俺でも思いつきそうなのが名言? 三十路なのに?」

「悪かったわね! 三十路でも精神年齢は17歳なのよ」

「へぇ。くっそどうでも良い」

「興味持てや、くそがき」

「へくちゅー!」

「くしゃみで返事すんな!」


 猫芝先生の声が職員室に響いた後、こちらをジッと見つめてくる。


「守神くん? まじに顔が赤くなってきてるんだけど……。大丈夫?」

「へ? ああ、そういえばさっきからフラフラします」

「ちょ!? 大丈夫!?」


 先生は反射的に俺のデコに手を置いてくる。


 ひんやりして気持ち良かった。


「ねーこーしーばーせーんーせーいー」


 恨み、妬み風の、ただただ可愛いボイスが聞こえてくる。


 脳が震えるほどに心地良い声の主が目の前にやってくると、猫芝先生を睨んでいた。


「なにをしているんです?」

「大平さん。あなたの彼氏、熱があるみたいよ」

「そんなことは聞いていません。私の晃くんになにをしているのと聞いているのです」

「聞けよ! どこに嫉妬する要素あるの!?」


 先生が聞くと、有希が先生の手を指差した。


「あ、これか」


 なんか納得した先生はすぐに手を離した。


「むぅ。晃くんの、おでこ手をピタッ、は私がしたかったです」

「この子も誰かさんの影響で変わっちゃまったなぁ。改悪の方にだけど」

「イエイ」

「なにをピースしてるの!? さっさと保健室に行きなさい」

「というか、晃くん風邪引きました? 引きました!?」

「なんで、彼女の方は彼氏が風邪を引いて嬉しそうなの?」

「ささっ。保健室へ行きましょう。保健委員の私が晃くんを保健室へ連れて行って差し上げましょう」

「保健委員はゆっこちゃんだよ!」

「鼻血ぶーたれBL脳に晃くんを任したら、もれなくゴリラが付いてくるので任せられません。ここは晃くん専属保健委員にお任せあれ」

「なんでもありだな、おい」






 そんなわけで、有希が保健室まで連れて来てくれたんだけど、熱を計ると39度あったので、俺は早退を強いられた。


 ま、受験も一段落したし、無理に学校に残る必要はないので俺はさっさと家に帰ることにした。

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