第201話 受験を終えた夜

 夜になるとすっかり暑さが和らいで来ている秋の入り口。


 吹く風も涼しいというよりは冷たく感じてしまい、くしゅんとくしゃみを一つかます。


 日中はあっちぃくせして、陽が沈むと寒くなりやがる。難しい季節になっちまったもんで、服装に困る。


 とりあえず暑がりだからと夏服で外に出たのが間違いだったかもしれない。


 今更ながらに服装の後悔をしながら、ずずーっと鼻水をすすって玄関を開けた。


「おかえりなさいませ、ご主人様♪」


 季節が変わろうが、生徒会長でなくなろうが、俺の恋人兼専属メイドは今日も温かく出迎えてくれる。


「ただい──くしゅん!」

「風邪?」


 俺の持っていたスクールバッグを受け取りながら首を傾げて聞いてくる。


「ずずーっ。かなぁ……」

「こう言っては不謹慎ですが、風邪ならばタイミング的に良かったかもですね」

「ウチの専属メイドがご主人様の風邪を喜んでくる件」

「違いますー。大学入試が終わったので不幸中の幸いって意味ですー」

「わかってるっての」


 そう。今日は俺の希望する大学入試だった。


 今までの勉強(主にスパルタ教師有希)をぶつけて来たってわけだ。


 合格発表は、家に郵送で届く。


 大きな封筒で来たのなら合格。中に手続きの紙が入っていたり、資料が入っていたりするから大きくなるらしい。


 逆にハガキ一枚ならお祈りメール的なもの。あなたは不合格ですというのを突きつけられる。厳しいね。


 合格発表まではまだ一週間ほどある。


 それまではドキドキしとけってことだろう。えぐいよね。


「ま、風邪なら風邪で、この超高性能の晃くん専属メイドがお相手いたしますので、なんの心配もありませんけどね」

「否定できないことを言われると人間、どう反応したら良いかわかんなくなるよね」

「というか、そろそろ風邪引いてくれません? メイドと言ったら看病。恋人と言ったら看病なのに、晃くん全然風邪引いてくれないんですけど」

「風邪を引けとか言ってくるど畜生メイドがいるんですけど」

「どーせ、今回もなんちゃって風邪なんでしょ? そうなんでしょ? 晃くんっていつもそう。そうやって私に期待させるだけさせて、看病させてくれない。そのくせ自分は、私の看病してくれて、料理できないくせに頑張って料理してくれて、掃除できないくせに不器用ながらやってくれて。私の側にいてくれて……。私の性癖ガンガン突いてきて……。私をどうしたいんです!? 惚れさせたいのですか!?」

「なんで早口でヒステリックな感じ出してるのか知らんが、質問に応えるならYESだな」

「残念でした! もう惚れてますー!」

「最近の有希が壊れかけてきてるんだが」


 冗談を言いながら笑い合い、有希が俺のスクールバッグより先程まで、カリカリと問いていた問題用紙を取り出した。


「さて、晃くん。今からなにをするでしょう」

「自己採点?」

「ピンポーン! 大当たりー!」


 パチパチと拍手をしてくる有希へ、ちょっと待ってくれと懇願する。


「きょ、今日やるのか? せめて明日でも……」

「だめだめ。結果、早く知りたいでしょ?」

「そりゃ……」

「安心してください。この超高性能のメイドは頭も良いので、すぐに採点してさしあげます」

「だから、否定できないことを言われると──」


 有希はこちらの言葉を無視して採点を始めてくれる。




 ♢




「おめでとうございます」


 採点を終えて有希が放ってくる言葉が一瞬わからなかった。


「ほぼ間違いなく合格でしょう。なんだったら特待生レベルでの合格ですね、これ」

「うそ」

「ほんと」

「まじかよ……」


 へなへなーっと机に突っ伏す。


 全身の力が抜けちまった。


「良かった。とりあえず先に晃くんが進路を決めてしまいましたね。私も負けていられません」

「いや、有希はほぼ合格だろ」

「この世に絶対なんてございませんので油断はできませんよ」

「それも、そうだな」

「それでは、次の住まいなのですが、晃くんの大学と私の大学の最寄り駅の丁度中間地点に、おしゃれなマンションを見つけたのですが」

「あっれー? ついさっきまでのセリフとは大違いの会話になってるの気のせい?」

「そんなことはありません。このおしゃれなマンションを他のカップルに奪われてしまう前に契約しないと。この世に絶対はございませんからね。油断できません」

「油断ってそっち!? マンションの話!?」


 このメイド。京大学とかいう超難関大学を合格した気でいやがる。


「冗談はさておいて」

「流石に冗談だった」

「近衛くんと岸原くんはどうなのでしょうか?」


 正吾は前々から俺と同じ大学で野球をやると言っていたが、芳樹の奴、まじで俺と同じ大学受けやがって、今日試験会場に行ったら、「やぁ」とかなんの違和感もなく話しかけてくるもんで、普通に挨拶しちゃったんだよな。


 あいつ、ドラフトかかったらどないすんねんって話だわ。


「正吾は鉛筆転がしてたな。芳樹はそもそも頭が良いからなんの心配もない」

「そうですか。では、明日、近衛くんの自己採点もしてさしあげましょう」

「それはあいつも嬉しいだろうな」


 正吾、不安がってたし、有希がしてくれるなら安心だ。


「みんな、進路が決まってよかったです」

「まぁ自己採点だけどな」

「私の採点が間違えているとでも?」

「信用してるから、そのギロリって睨むのやめて。怖い」

「こんなに可愛い顔したメイドが怖い?」

「有希は可愛いというより綺麗だよ。昔っから」

「ふふ。昔っからって、まだ一年も経ってないですよ」

「それもそうだな」

「だから、これからもずっと一緒にいて、ふたりの軌跡を作りましょうね」


 いきなりそんなこと言ってくるもんだから、顔がニヤけてしまう。


「ふふ。晃くんって昔っからすぐ顔がニヤけますよね。って将来言ってやります」

「それはやめてー」

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