第198話 今日は甘えたい日らしい

 有希が日曜日にデートをしたいって言うもんだから、即答でオッケーしたんだけど、勉強はしなくて良いのかな。


「今後、夏休み明けもビシビシいきますので、ご覚悟を」


 なんてスパルタ予告されたんだけど……。


 もしや、デートと油断させておいてからの、


「油断しましたね。その油断が受験に左右されるのです。さぁ、今日もビシバシいきますよ。おーほっほっ」


 のパターンかも。


 それはそれでアリだな。なんて思いながら、洗面台でペタペタとワックスをつけてカッコつける。


「うーん。相変わらずワックスの付け方がイマイチわからんな」


 とりあえず適当にトップ辺りを最後にガシガシして完成。


 これで良いのかどうかもわからん。


 洗面台にて睨めっこしていると、玄関のドアがガチャガチャと音を奏でた。


 どうやら有希が来たみたいだ。


 普段通りに入ってくる有希は、襟元が大きく開いたオフショルダ―にショートパンツのちょっぴり露出度が高いファッション。


 今日は気分なのか髪型をツインテールに変えて可愛さアップ。


 小さめのショルダー鞄が全体の雰囲気とマッチしている。


 この子、ほんとなに着ても似合うな。


「有希、今日は気分を変えて──」


 ガバッとセリフの途中に抱きつかれてしまう。


「有希?」


 名前を呼んでも無視して、黙って包容を強くされてしまう。


 彼女の体温が、においが、感触が、いつも以上に強く感じる。


「今日は甘えても良いですか?」


 日曜日の朝からいきなりこんなことをするなんて。それに、どこか不安気な声。


 なにかあったのだろう。


「そんなこと聞くまでもないだろ。いつも甘えさせてもらってるんだから、甘えたい時は甘えてくれ」

「では、遠慮なく」


 更に強くギュッとされて、ちょっぴり痛いが、幸せな痛みなのでどうということはない。


 ただ……。


「なにかあった?」


 ビクッと少しだけ反応を示す。それで彼女になにかがあったのは確実だ。


「……いえ、なにもありませんよ。今日は晃くんに甘えたい日なのです」


 珍しく嘘をつく有希へ、ポンっと手を頭に乗せて撫でてやる。


「そっか。なら、今日はいつも頑張ってくれてる専属メイドへご主人様がいっぱい甘えさせてやる」

「期待してます」


 有希の嘘には気がついたが、言いたくないことだろう。


 彼女のことだ。事が深刻なのであれば話してくれるだろう。







「な、なぁ有希?」

「はい?」

「今日はずっとこのままでいくのか?」

「なにかご不満でも?」

「いや、不満なんて一ミリもないんだけど……」


 玄関を出て、マンションの廊下を歩き、エレベーターを待っている最中もずっと俺の腕にしがみついてきている。


 俺は良いのだけど、この子は歩きにくくないのだろうか。


「むっ。なんだか不満そうな顔をしていますね。今日は甘えさせてくれると言ったのは偽りだったのでしょうか?」

「おー、よしよし。よーしよし」


 ネコを撫でるみたく、有希の首元を撫でてやる。


「きゃん。ふふっ♡ あはん♡ ちょ、やめっ♡ もう♡ 晃くん、めっ」


 一時、俺から離れると、幼い男の子を怒るような表情をしてくる。


「ありゃ。自分から離れちまったな。もう甘えたいの終わり?」

「むぅ。またそんなイジワル言ってくる」


 拗ねながらも自然と腕にしがみついてくる。


「今日はずっとこうすると決めているので」

「さいですか」


 エレベーターを待っている間もイチャコラとしてる。うん。周りから見たらまじでバカップルなのは自覚してますですはい。


 エレベーターがやって来て、腕を組んだまま、1の数字の階を押した。


 ガコンとエレベーターが下がっていく感覚があると同時に、一年前を思い出し、ふふっと笑ってしまう。


「どうかされましたか?」

「いやな。そういえば、有希が専属メイド宣言してくれたのが一年前で。一緒に買い出しに行った時もこうやってエレベーターに乗ったと思ってな」

「晃くんの専属メイドになり、もう一年も経つのですね」

「あの時の有希っつったら、冷たかったなぁ」

「あ、あの時は、ほら、警戒してましたから。いつ、私の秘密がバレルやもわかりませんでしたし」

「そりゃ警戒するわな。生徒会長の秘密握られたら」


 納得しながらも笑いながら彼女の服を見る。


「あの時とは服装が全然違うみたいで」

「愛の成せる技ですよね。私、別にファッションには興味なかったのですが、晃くんのことが好きになってからは、めちゃくちゃ勉強しましたもん」

「有希はなに着ても似合うからな。あの時の服も似合ってたよ」

「もしかして、晃くんてきには今のファッションは好みではありませんか?」


 有希の全身を見渡してから答えてやる。


「有希の着てるのならなんでも好き。一年前のファッションも、今のファッションも。有希に似合わない服なんてない。有希が好き過ぎて有希の着てるファッションが好きってやつかな」

「えへへ」


 幼い笑みを見せると同時にエレベーターが一階に到着する。


 腕を組んだまま降りると、有希が提案してくる。


「私も晃くんが好き過ぎて、晃くんの着ているものならなんでも好きです。でも、一番は裸が好きなので、晃くんに服などいりません」

「服着ないとおまわりさんに捕まります」

「私がなんとかします」

「なんとかしなくてよろしい。全くこの筋肉フェチめ」

「勘違いしないでください。晃くん限定の筋肉フェチですので」

「あれだな。女子が下ネタで褒められて微妙な反応になるのがわかった気がする」

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