第199話 なにかが引っ掛かっているメイド

「今日はどうする?」

「そうですねぇ」


 腕を組んだまま、国道沿いを駅方面に向かって歩いている。


 時折、有希の方を二度見する男性が複数名いたが、そりゃこんな美人の銀髪を見たのなら、二度見は不可避だよな。俺だってそうする。


「晃くんとは色々な場所に行きましたよね。バッティングセンターに映画館。海に花火に──」


 指折り数えながら今までデートした場所を言葉に出していた。


「ふふ」


 途中、笑みをこぼして嬉しそうな表情を見してくれる。


「あなたと出会う前の私は、学校とメイドカフェ以外、ほとんど行ったことなかったみたいですね。晃くんと出会い、本当に色々な場所へと連れて行ってもらっています」


 なんか、改めてお礼を言われると恥ずかしい気持ちになる。


「俺の方こそ、有希と出会ってから色々と経験させてもらってる。本当にありがとう」


 恥ずかしながらも、素直に礼を言うと、ニパァっと夏が終わったのにひまわりが満開に咲いたかのような眩しい笑顔になる。


「えいっ、えいっ」


 ギュッとギュッと握る腕に力を入れてくる。


「晃くんと私は出会う運命だったのですね。もし、なにがあっても離れることはないのでしょう」

「ちょ、有希ちゃん? 公共の場でよくもまぁそんな恥ずかしいことをペラペラと言えるな」

「や、事実ですので」


 当然と言わんばかりの真顔で言われてしまう。


「言葉にしないと、不安ですから……」


 ポツリと溢す彼女の言葉を拾い上げようとしたところで、タッチの差で有希の方が早く喋り出す。


「そんなことよりも、デート先でしたよね。ちょっと気になるところがありまして、行っても良いですか?」

「あ、ああ。有希の行きたいところに行こう」







「ここの英文はですね──」

「なるほど、そういう意味なんか──って、なんで勉強してんの!?」


 持っていたシャーペンを転がして、ついついツッコミを入れてしまう。


「あっれー!? さっきまでデートプラン練ってなかったっけ!?」

「はい。ですので、本屋さんとカフェが合体したカフェにて、参考書を買い、カフェで絶賛勉強中です」

「親切丁寧な解説どうもっ」

「いえいえー」


 有希がシャーペンを取り、こちらに手渡してくれる。


「なんだかんだ受験まで日がありませんからね、ここが正念場」

「このメイド、デートと油断させて勉強させるど畜生だ。ど畜生だ!」


 大事なことなので二回言っておく。


「私とのカフェデートはご不満?」

「最高です、ど畜生」

「では、続き、続き」


 あかん。やっぱりこの子、俺のことをてのひらで踊らしてる。


 彼女のてのひらで踊るのがご褒美だと思う自分が恨めしい。







「──ゆきぃ……。げんかい……death」


 頭から知恵熱が出て、ぷすぷすと脳がオーバーヒートしている気がする。


 正吾だったら死んでいただろう。


「しょうがないですね。今日はこの辺で勘弁してあげます」


 勘弁ったって、結構な時間勉強してたぞ。


 流石はスパルタ教師有希ちゃん。


「では、そろそろ帰りましょう。あ、スーパーに寄っても良いですか?」

「荷物持ちでもなんでもしますよ」


 これ以上勉強するよりかはマシだわ。


 そう思いながら参考書やらなんやらを片付けようとすると、「きゃ」と女性の短い悲鳴と共にコーヒーが俺達の席にぶちまけられる。


「うおっ」


 目の前でプラスチックのグラスが俺の目の前で血を流すみたく、黒い液体を垂れ流していた。


 机に置いていた参考書がコーヒーで真っ黒になる。


「す、すす、すみません。すみません。お怪我はありませんか?」


 スーツ姿の女性がその場で何度も深々とお辞儀をしてくる。


「俺は大丈夫です。有希は?」

「私も大丈夫です」

「ですが、大事な参考書が……弁償します。おいくらでしょうか?」

「いえ、参考書なら家にいくらでもあるので大丈夫ですよ。お気になさらないでください」

「ですが……。この大学を来月受験するのですよね? だったら大事な物だと思います。私、弁償します。すぐに買って来るので待っていてください」

「あ、ちょっと……」


 スーツ姿の女性は焦っているのか、こちらの言葉を聞かずに本屋の方へと走って行った。


「お客様、大丈夫ですか?」


 入れ替わりで店員さんが布巾を持ってやってきてくれて、汚れた部分を拭いてくれていた。


 普段なら有希と一緒に店員さんへ、ありがとうございますの一つでも放つところだが、彼女はスーツ姿の女性の後ろ姿をジッと眺めていた。







「災難というか、ラッキーというか」


 スーツ姿の女性が余計に参考書を買って来てくれて、喜ぶべきか、悲しむべきか。


 ま、自分のミスを認めてすぐに対応する大人の鑑ではあったな。


「有希?」


 カフェの帰り道、先程からなにかを考え込んでいる有希を呼ぶが反応はなかった。


「おーい、有希ちゃーん」

「……あ、はい」


 ようやくと返事をしてくれて、慌てて頭を下げる。


「すみません。ぼーっとしておりました」

「いや、全然大丈夫なんだけど、どうした? 体調崩した?」

「いえ、元気ですよ。元気」


 明るく振る舞ってみせるが、どこか無理しているような気がしないこともない。


「本当に大丈夫か?」

「強いていうなら、晃くんがさっきの女性に鼻の下を伸ばしていたことでしょうか」

「いや、伸ばすかよ。こんな美少女が隣にいるのに」

「きゃふ。まさかナチュラルカウンターを決めて来るとは流石は晃くん。今日は腕によりをかけますね」

「手を抜いても美味しいんだから、腕によりをかけたらどうなることやら」

「もう晃くんは骨抜きですね」

「すでに抜かれている場合は?」

「晃くんは有希なしでは生きられなくなります」

「もう既に有希なしでは生きられなくなった体なんだが?」

「きゅふっ」


 有希がどっから出したかわからんような声を出して喜んでいる。


 ──が、ちょっとばかし沈黙が続くと、また難しい顔をする彼女を見て、どこか不安になってしまう。

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