第197話 ガツンと言ってやる

「おつかれー」


 朝のホームルーム後に教室に入って来た有希の席へと労いの言葉をかけに行くと、機嫌悪く、ぷいっと顔を逸らされしまう。


「おーい。有希ぃ?」


 顔を逸らされた方へ顔を近づけると、真逆の方へとぷいっとされてしまう。


 ちょっとショックだ。


 しょぼんとしていると、チラッとこちらの様子を伺ってくるのが見えた。


「晃くん。私のところに来てくれなかったです」


 ボソッと言う彼女のセリフが、さっきの正門のことだと察して、咄嗟に言い訳をする。


「いやー。優秀な生徒会の人にブロックされちゃって」

「……それをかわして私のところに来てくれたら良かったのに」

「怪しくない? 八百長染みてるだろ」

「晃くんが来てくれなかったから、私、男の子に絡まれてしまいました。怖い目を見ましたー」


 怖い目を見たのは男子生徒の方だと思うが……。


「あー、怖かったです。怖かったですー」

「ええっと……」

「怖かったですー。って言ってるのにー」


 ポンポンと自分の頭を叩いているのを見てようやくと察する。


 しかし、ここは学校。


 とか関係ないもんね。


「おー、よしよし。怖かったな。もう大丈夫だから」

「えへへー」


 どうやら正解だったみたい。


 頭を撫でると幸せそうな顔をしている。


「あの、おふたりさん。朝っぱらから教室でイチャつくのはやめた方が良いよ」


 呆れた声を出しながらやって来た白川琥珀がジト目で俺達を見ていた。


「夏休み明けに久しぶりに再開したカップルでもなし。夏休み中、ずっとイチャイチャしてたんでしょ?」

「イチャイチャというか……」

「スパルタ?」

「どういうプレイ? 付き合いが長くなると性壁が歪むの?」

「白川、思春期爆発のエロ発言すんなよ。勉強ばっかって意味なんなんだから」

「なっ!?」


 白川は、ポンっと顔を赤らめて、ポカポカと殴ってくる。


「紛らわしい言い方するなー!」

「あはは! ごめん、ごめん」


 白川とも徐々に前みたく喋れて来ている。


 それがなんとも嬉しくって、有希もその光景を安心したように見てくれていた。


 やっぱり、気まずいままじゃ嫌だもんな。


「おーい、晃。俺も頭を撫でてくれ」


 そして、相変わらずな発言をしながら正吾もやって来る。


「ゴリラは白川に撫でてもらえよ」

「え? 嫌だよ」

「なんでゴリラが振る側なん!? 普通に嫌だし、撫でるならゆきりんを撫でるし!」


 言いながら白川は有希の頭を撫で出す。


「よしよし。怖かったね、さっきのやつ」

「琥珀さんも見てましたか?」

「うん、教室から。凄かったよね、あの技」

「琥珀さんも受けます?」

「受けるかっ!」


 夏休み明けの教室はいつも通りで、いつも通り過ぎてちょっと怖いくらいというか、平和だなぁなんて思っていると有希がスマホを取り出して、苦い顔をして立ち上がった。


「有希?」

「あ、すみません。ちょっと電話が来まして……」


 そう言ってそそくさと教室を出て行った。







「もしもし」


 私──大平有希は、『あの人』から来た電話に素直に出てしまった。


 それというのも今回はガツンと言ってやろうと思ったからだ。


『もう少し早く出れないものかしらね。大平の人間には俊敏性も必要なのよ?』

「学校の日は電話をしないでください。迷惑です」

『学校ねぇ。そんな偉そうなことを言って良いのかしら。別に今すぐにやめさしてあげても良いのだけど?』


 この親は本気で言っているのだろうか。


『ま、いいわ。反抗期は誰にでもある。反抗期がない方が後々面倒だって聞くし、寛容な私は大目にみてあげることにするわよ』


 ……話の通じない人間というのが存在する。それが親ならこれ以上やっかいなことはない。


『今度の日曜日。向こうの人と顔合わせだから来なさい』


 あー、本当にやっかいである。


 だが、この話題が出たのは好都合だ。


 ここでガツンと言ってやる。


「私はその人と結婚する気などありません。ですので顔合わせなんて行きません」


『ふぅん。そんなこと言って良いのかしら。そんなの大平の家に通じるわけ……』


「なにが大平の家だ! ただの成金の家のくせに! そんな家、こっちから縁を切る! 私には心に誓った人がいるの! 二度と電話してくるな!」


 夏にかかって来た時とは立場が逆転して、今度はこっちが巻くし立てて電話を切ってやる。


 やってしまったという気はない。


 どちらかというと清々しい気分にもなり、なんでもっと早くやらなかったのかと思ってしまう。


 私は足取り軽く教室に入り、先程の心地の良い輪の中に入って行く。


「有希」


 輪の中に入ると、真っ先に名前を呼んでくれる愛しの人。


「なんの電話だった?」


 心配そうに聞いてくれる彼に対して、私は、心配いらないと伝えるように首を横に振る。


「ね、晃くん」

「ん?」

「今度の日曜日、デートしよ」


 誘うと、琥珀さんと近衛くんが、まぁた教室でイチャコラしやがって、みたいな顔をするが、そんなのお構いなしに彼を誘う。


「しよっか」


 晃くんはいつもの優しい笑みでオッケーをくれる。


 あー、幸せだなと思う。こんな日がずっと続けば良いと心から願う。







『ふぅん。そんな態度を取るのね。


 逃げられるはずがないでしょ。


 確かあの子の彼氏は、守神晃だっけ……。


 ふふ、バカな子。


 素直に言うことを聞いておけば、大好きな彼氏を巻き込まずに済んだのに』

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