第196話 朝の挨拶という名の取り締まり

 久しぶりの登校。


 高校最後の夏休みが終わり、徐々に『卒業』の二文字が近付いて来ている。


 卒業が近づくってことは、今の家を引越しするということで……。


 ちょっとばかし悲しくなってしまう。


 前に、有希と今後のことについては軽く話をしている。


 大学は同じ地域。


 流石に有希が受ける、京大学なんてもんは俺なんかの学力が遠く及ばないのはわかっている。


 学校は違うとしても近くの大学を受けることになっている。ここは、猫芝先生に本気で感謝しないといけない。ありがとうございます、猫芝先生。


 そんなわけで、「大学生になったら同居しますよね?」なんて、今日の晩御飯は唐揚げで良いですか? みたいなノリで聞いてくるもんだから、余裕で、「うん」って答えたよね。


 そんなんだから、高校を卒業しても離れ離れになる心配ない。むしろ、堂々と同居できるってもんだ。


 その心配はないにしても、やっぱり、あの家で過ごした日々が、過去になってしまうというのが感傷深いんだよな。


「……んにゃ、卒業うんぬんの前に大学に受からないとな。なにを大学に受かった気でいるのやら」


 まだ高校最後の夏が終わっただけ。高校生活はまだ半年程ある。


 ほとんどが受験勉強で終わりそうだが、文化祭とかもあるもんな。


 通い慣れた国道沿いの道を、ちょっぴり遅めの時間帯に歩く。


 二年の秋くらいまでの登校時間。


 最近、早起きになった俺に取っては朝寝坊の感覚になっちまった。


 目の前に、同じ学校の制服姿の人達を見かけるのなんて、なんだか久しぶりに感じるな。


 呑気に歩いて、正門までやって来ると、宣言通りというか、なんというか、生徒会が朝の挨拶という名の、夏休み明けの取り締まりを行っていた。


 その後ろには恰幅な生徒指導の先生が仁王立ちしている。


 どうせなら有希に取り締まってもらいたいので、ふらふらぁっと有希の方へ足を向けると、サッとブロックするみたいに見覚えのある生徒会の女子が立ち塞がる。


「おはようございます。先輩、荷物検査よろしいですか?」

「はーい」


 ま、彼女も仕事だ。ここで、誰が良いとかわがままなんてぶっかましたら、ややこしくなる。


 だから有希ちゃん。その、「なんで私の所に来ないのですか? 浮気です?」みたいな目はやめてください。本気で怖いです。


「すみません、先輩が会長のところに行ったら、会長が贔屓しちゃうだろうから。ここは公平に、ね」

「ありゃりゃ。バレてるな」

「ふふ。先輩達は有名なカップルですからね」

「有名なのが名誉なことなのか、どうなのか」

「夜道には気を付けてください」

「不名誉だったわ」

「あ、勘違いしないでくださいね。気を付けるのは先輩だけです」

「俺、まだ睨まれてんの? もう結構な時間経ったよね?」

「あはは。大丈夫ですよ。後輩女子からは先輩、ポイント高いです。夏の大会の影響ですかね」

「そりゃどうもなんだけど、男子には睨まれてるって意味だよね?」


 ついでに有希が、「なにを後輩女子とイチャついとんねん」みたいな殺気だった目で見ていた。


 いや、まじでそんなつもりはないからあなたはお仕事をしてください。めっちゃ怖い。


「はい。オッケーで──」


『なめてんのか! あ!?』


 生徒会からオッケーを貰ったかと思ったら、それをかき消す輩みたいな声が響いてくる。


 全員が声の方を向くと、ピアスを大量に明け、制服を改造した、夏休みデビューの男子生徒が中心になっていた。


 その向かいには生徒会長の有希がいる。


 正門にいた全員(生徒指導の先生含む)が、「こいつやっちまったなぁ」と黙って見守る。


「なめているのはあなたの方ですよね? なんですか? その時代錯誤の制服。歴史の授業に影響されたのですか? ダサすぎて唖然とします。ピアスも開けすぎ。開ければかっこいいと思っているのですか? それ、ただのドMですよ。似合っていれば良いですけど、ヒョロヒョロの体のあなたには全く似合っていません。今すぐプロテイン飲んで、おとといきやがってください。あ、プロテインだけ飲んでも意味ないので筋トレは忘れずに。ダンベル持ち上がります?」


 妖精女王ティターニア機嫌わるっ。


 現場にいた全員がそう思ったに違いない。


「てめっ……。三年だからって一年なめんなよ……。この、あばずれがああ!」


 これはダメですねー。思いっきり拳を振り上げてしまっています。暴力はいけませんよ。


 そんな余裕の態度でいられるのも、去年までの対応を見てる……。


「……!?」


 全員が驚愕の反応をしたことだろう。


 有希は一年坊主のストレートを華麗にかわすと、右足を大きく振り上げて、そのまま左足で首元を挟んで回転させる。


 地面に寝転がったところで、右腕に関節技を決めてやがる。


「いだい! いだい!! いだい!!!」


 なんちゅう技だよ。去年までは殴りかかってくる生徒の腕を掴んで関節技だったのに……。


 技のクオリティがアクロバティック過ぎるだろ。


「暴力はいけませんね。暴力は」

「すみません! すみません!! すみません!!!」

「すみませんだけでは伝わりません。どうしますか?」

「いだい! いだいよお! おかあちゃーん!!」

「お母様の名を呼んでどうするのです? あなたがなにをするかちゃんと言ってください」

「あがあああ!!」


 流石にドン引いた生徒指導の先生が、「お、大平」と呼ぶと、有希は生徒指導の先生を睨みつけた。


「校則違反に暴力のダブルパンチ。この生徒自身が次にどのように行動するのか、彼自身の口から聞かなければならないとは思いませんか? お母様の名を呼ぶだけでは彼の行いの償いにはならないと思いますが?」

「ぐ、ぬぅ……」


 生徒指導の先生が押されてる。てか、有希のやつめちゃくちゃ機嫌悪いな。


 周りを見ると、校則違反で堂々と学校に来ようとしていた一年生達が数名帰って行った。


 あんなもん見せられたら帰るわな。


「さ、あなたもどうするか宣言してください」

「すみませんでした! 直します! 直して来ます!!」

「よろしい」


 有希が関節技を解放すると、男子生徒は立ち上がり、逃げるように去って行った。


 ま、まぁ去年と同じような光景は光景だったが、有希の機嫌が最大限に悪かったらアクロバティックな関節技を決められてしまうことを熟知しておこう。

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