第195話 夏休み明けの朝から胸焼けするくらいに甘いふたり

 ふと自分の体が熱を持っていることに気が付いて意識が覚醒する。


 風邪とか体調不良じゃないし、汗だくなのに嫌悪感もない。


 甘い香りが鼻筋を通ってくると、連動するように瞳を開けた。


「ふふ。起きました?」


 目の前には愛しの彼女である、大平有希の顔が広がっていた。


 立ってようが、寝転んでいようが、圧倒的に整っている美形の顔を、寝起きと同時に見れる幸福。


「おはよ」

「おはようございます。今日はお寝坊さんでしたね」


 ポムポムと寝転びながら頭を撫でられる。


 それが心地よくって、キュッと瞳を閉じて彼女の手のひらの感触を頭で感じとる。


 突如、有希がガバッと抱きついてきた。


 まるで俺を抱き枕と言わんばかりに抱きついてきて、幸せな感触と共に熱を感じ取れる。


「朝から激しいな。有希ちゃん」

「朝でも昼でも夜でも、晃くんを感じ取れるのならば激しくします」


 俺の胸元を擦るように顔を、スリスリとしてみせる。


 めちゃくちゃこそばゆい。


「こらこら有希。くすぐったいだろ」

「こうされるの嫌?」


 胸元から覗く彼女の瞳はどこか不安気である。


 今日は甘えたい日なのかもしれないな。


「好きに決まってる」


 こんな美人な彼女に、こんなことされて、嫌な彼氏なんていない。


「でも、寝起きで汗だくだぞ?」

「良いんです。私の制服に晃くんを染みつけてください。いつでも晃くんを感じ取れるくらいにしたいんです」


 有言実行と言わんばかりに、ギューっと強く抱きしめてくる。


「朝からすっげー」

「こんな私、嫌?」

「好きー」


 受け入れるようにされるがままに朝の時間が流れていく。


「ところで有希さんやい」

「すりすりー。なんです?」

「今、何時?」


 尋ねると、胸元からちょっぴり隙間を作って、スマホを確認してくれる。


「7時3分ですね」

「うお。寝過ごしたか」


 時間を聞いてパッと起き上がると、有希も一緒に起き上がり、くしゅりと微笑んだ。


「まさか、晃くんがこの時間帯に対して寝過ごすという発言をする日が来るとは」


 クスクスと、くすぐったそうに笑う彼女へ、唇をとがらして反抗する。


「最近の俺からすると、その通りだろ?」

「そうですね。ですが、初期の頃の晃くんなら、今頃、グースカピーですよ」

「俺、そんなイビキかいてるの?」

「ええ。可愛らしいイビキですよ」


 ツンっと鼻先を突かれて、有希がベッドから出ていく。


 そういえば、今更ながらに、彼女の格好に気が付いた。


 制服姿だ。


 この子は学校に行くのが楽しみで制服で寝たのだろうか、と思ってしまった。


「いやいや。ちゃんとパジャマで寝ましたから」

「なんで会話できてんだよ」

「晃くんのことなんて顔を見れば丸わかりなんです。ずっと一緒なんですから当然でしょ」

「お見通しってわけか。ほんじゃ、浮気なんてした日にゃ……」


 ガシッと足を踏まれた。


「いっでええええ!」

「浮気する気?」


 聞いてくるその表情が、めちゃくちゃに怖かった。


 痛さと怖さのあまりに、ぶんぶんぶんと思いっきり首を横に振る。


「浮気されることはあっても、ぼくが浮気をすることはありません。ありません! ありません!!」


 宣言するように言い放つと、一瞬だけ戸惑ったような顔をしてみせるが、すぐに微笑んでくれる。


「よろしい」


 足が解放される。この子、容赦なく踏んだな。


「ささ。朝ごはんさっさと食べてください。私は先に行きますので」

「生徒会は、夏休み明け初日から正門で挨拶しなきゃならんもんな」


 学期初め恒例の生徒会朝の正門祭り。


 夏休みにハッチャケた奴の名残があり、それを一つ一つチェックして注意しなきゃならん。


 我が校の生徒にほとんどそんな奴はいないが、ほんの数名に見られる。


 その大半が一年生だ。


 二年、三年となると、あれを経験してるので、反抗する気は起きない。


「頑張って」


 拳を作って見送ると、有希もノリよく拳を作ってみせる。


「頑張って来ます」


 言い残した背中はちょっぴり悲しそうに見えたのは、もうすぐ生徒会が終わるからだろうか。

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