第193話 たとえなにがあっても……
花火大会の会場に到着した時には、すっかり夜だってのに汗だくになってしまっていた。
暗がりの中、あちぃ、あちぃと文句を垂れながら浴衣の胸元をパタパタとさせる。
「晃くん、汗だくじゃないですか。仕方ありませんね」
腹ペコだったのだろうな。既にたこ焼きを食べ終えた有希が、巾着袋よりハンカチを取り出して、額の汗を拭ってくれる。
同じ洗剤を使っているはずなのに、なんとなくハンカチから良い匂いがするのはなぜなのだろうか。
というか、夜でもこんなに暑い中、どうして彼女の額からは汗が出ていないのだろう。
「有希は汗かいてないのな」
「そんなことありません」
涼し気に言ってのけると、浴衣の胸元をチラつかせる。
「浴衣の中は大惨事ですよ?」
「刺激が強すぎるのでやめてください」
「こ、晃くんの浴衣の中も、だ、大惨事でしょう。お裸お拭きいたしましょうか?」
「お背中お流しいたしましょうか、のノリで言ってきてんじゃないよ。この筋肉フェチめ」
「「あのー」」
こちらのやり取りに、正吾と白川が呆れた声を漏らす。
「俺らがいるのを忘れてんじゃない?」
「そーそー。最近、過激過ぎるんじゃ?」
「……はっ!?」
有希が、ついつい言ってしまいました。なんて言わんばかりの反応をしやがる。本当に忘れてたんだな。
「おふ、おふ、おふたりとも! 今の聞いていましたか?」
「「いやいやいやいやいやいや」」
ブンブンと息ピッタリに手を振る。
「聞いてたもなにも、なぁ」
「ゆきりん。むしろ、聞いてくれと言わんばかりだったよ?」
圧倒的正論に、有希はぷるぷると震え出してしまう。
「こ、このことは誰にも言わないでください! もし言ったら生徒会権限であなた達に、なにかしらの、なにかしらを与えます」
「別に言いふらしたりはしねーけどよ」
「そもそも、ゆきりんのフェチ知ってたし」
「ぐふっ」
白川の会心の一撃が入り、有希へ痛恨のダメージが入る。
有希は瀕死状態だ。
「こらこら、あんまりウチの有希をいじめてやんなよ」
見ていて面白かったのだが、そろそろ加勢しないと後が怖い。なにを言われるやら。
「勝手に自爆してるだけの気がするが?」
ゴリラの言葉が最近まともな気がするな。こいつも大人になったということだろうか。
「リア充はそのまま爆発しちゃえ」
「琥珀さん……。ひどいです……」
涙声で訴える有希に対して、「あ」なんて、やらかしたと言わんとする声を漏らした白川は、すぐさまフォローに入る。
「じょ、冗談だからね? ゆきりんが爆発なんてしたら嫌だから。爆発するなら守神くんだけで良いから」
なんで俺だけ爆発して良いのだろうか。
「……くく」
怪しい笑みを溢した有希はそのまま大きく笑い出す。
「うっそぴょーん。引っかかりましたね、琥珀さん。そんなことで泣くはずないでしょ」
いきなりのネタバラシに白川は少しだけ間をあけてから、眉をハの字に曲げた。
「むっかー! そんなことするとかー。しかもめっちゃ古いしー!」
怒った様子の白川は、正吾の首根っこを掴んで引っ張る。
「おっ? おっ?」
いきなりの行動にただ引きずられるゴリラ。てか、白川って結構力あんのな。
「リア充なんて爆発しちゃえ、べー」
そう言ってふたりは違う場所へと向かっていった。
追いかけなくても良いの? という意味で彼等を指差すと、察したような顔をしている有希が説明してくれる。
「私達に気を使ってくれたのでしょうね」
彼女は苦笑いを作ってしまう。
「今日はみんなで見ようって言ったたのですが、ね」
「今から追いかける?」
有希はゆっくりと首を横に振った。
「琥珀さんのせっかくの気遣いですので、そのご厚意に甘えないのは逆に失礼かと思われます」
「それも、そうだな」
彼女の意見に合意すると、自然と彼女の手を握っていた。
彼女もそれを受け入れるように握り返してくれる。
「……そういえば、さ」
もう彼女と付き合って結構経つというのに、手を繋ぐ行為にまだ慣れない。そのため、まだ声が浮ついてしまう。
「生徒会といえば、夏休みが終わればおしまいだよな」
先程の会話で出てきた生徒会というワードを思い出し、話題に上げる。
「そうですね。すぐに次の生徒会選挙が始まって、私の生徒会長という役割は終わります」
まだ花火が始まっていない会場の暗がりと相まって、彼女はどこか悲し気な雰囲気を放っていた。
そりゃ長いこと生徒会長をやっていたのだ。歴代最高の生徒会長と言われ、しんどいことも沢山あっただろうが、やりがいのある仕事だったのだろう。
生徒会に属していないが、近くで見てきた俺としても、なにか感慨深いものがある。
「生徒会長ではない私は一体何者なのでしょうか……」
ポツリと不安気に漏らしてきやがるので、握っている手に力を入れてやる。
「生徒会長じゃなくなった有希はただの俺の恋人だよ」
「晃くんの、恋人……。晃くんの、恋人……」
一字一句繰り返すように言い放つ彼女の様子がちょっぴり変で、心配になる。
「ね、晃くん」
「ん?」
「生徒会長じゃなくても、あなたの専属メイドじゃなくなったとしても……」
こちらを見てくる有希の表情は、夏の暗がりへと今にも消えそうなくらいに不安に満ちた顔をしていた。
「たとえ、なにがあっても……私をあなたの恋人だと言ってくれますか?」
唐突な問いはなんとも不安を煽ってくるようなもの。彼女の身になにかあったのかと思ってしまう。
でも、そんなことをいきなり言われたって俺の答えはたった一つだけだ。
「当然だろ。俺の恋人は有希だけだ」
答えと共に打ち放れたら一発の花火が夜空に咲くと、辺りを明るく染め上げた。
花火の光の下に見えた有希の表情は笑っていた。
でもそれは、安心しているかと言われると、どこかちょっと違くて。
繋いだ手は、夏の暑さを忘れるくらいに冷たかった。
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