第192話 まだいつも通りではないけど、性格の悪い二人は笑い合う

 花火大会の会場までは徒歩で数分かかる。


 なにもない日常ならば、その場所まで行くのに時間はかからないだろうが、本日は花火大会。


 簡易的に設置された複数の屋台が綺麗に両脇に設置されており、色々な食べ物の匂いを主張している。


 その真ん中を人の波がゆっくり、ゆっくりと目的地に向かって進んでいく。


 ぐぅぅ……!


 突如、波の真ん中で、もの凄い腹の音が鳴り響いた。


「……」


 あり得ないほどの美少女の方から、あり得ない音が聞こえた気がして、隣を歩く有希を見た。


 あ、いや、あり得ないわけではないか。この子、結構お腹鳴らすタイプだし。


「あっれー? 晃くん、もしかして私だとお思いで?」

「逆に安心できるんだけどね。こんなに非現実なほどに綺麗な女の子も、ぐぅぅっと腹を鳴らすの」

「は、はぁ? 私じゃありませんから。私じゃありませんから! 大事なことなので二回言いました。私じゃないですから!!」

「結局三回言ってんぞ」


 こちらのツッコミなんて無視して、有希は前を歩いている正吾を指差した。


「このゴリラです」

「うほ?」


 いきなり呼ばれた正吾は、白川との談笑をストップさせて後ろを振り返る。


「近衛くんのせいで、晃くんに腹ペコキャラの烙印を押されてしまいました。よって、そこのゴリラは私にたこ焼きを奢らないといけません」


 なんちゅう罪のなすりつけ方だよ。


「たこ焼きいいな。食うか」

「近衛くんの奢りですから」

「晃に奢ってもらえよ」

「近衛くんが悪いんですから」

「意味わからんが、ま、俺も食いたいし、屋台行こうぜ」

「仕方ありませんね」


 どうしてそこで、やれやれとため息を吐く態度ができるのかわからないが、神経の図太さは、流石は妖精女王ティターニアというべきなのだろう。


 二人は、人の波を外れ、そこら辺にあるたこ焼きの屋台へ足を向けるので、逸れないように、俺と白川も二人の後を追う。


 普通のたこ焼きの値段の高騰にも関わらず、長蛇の列ができているのは、流石は花火大会の屋台。こういうイベントの屋台ってなんか美味しく感じるよね。


 俺と白川は別にお腹が空いていないので、列を外れて彼等を待つことにした。並んでいても邪魔になるだけだからね。


「……」

「……」


 やっぱり、どこかちょっぴり気まずい空気が流れてしまう。


 なんだかんだ言っても、惚れた腫れただなんて関係になっちまったんだ。それも当然だろう。


 それでも、一緒に花火大会に行くってことは、お互いに気まずいままでいたくない表れだとは思う。


 このままんじゃいけないよな。


「白川、はさ……」

「う、うん」


 ちょっぴりぎこちない会話の入りに、咳払いをしてから切り替える。


「大学、決まった?」

「指定校受けようと思って」

「指定校?」


 なんかどっかで聞いたことあるような。


「いきたい大学に、同じ高校の誰とも被ってなかったらいけるってやつ」

「それ、被ったらどうなんの?」

「成績が良い方が優先だって」

「へぇ」

「わたしは、誰とも被ってなかったから大丈夫みたいだって。ラッキー、みたいな」


 そう言ってぎこちないピースサインをしてくれる。


「守神くんは? 大学、決まった?」

「推薦入試受けようと思って。芳樹と正吾とさ」

「岸原くん?」


 彼の名前を出すと、目を丸めて聞き返してくる。


「岸原くんはプロになるんじゃないの?」


 その発言から、彼が甲子園でどれほどの活躍をしたのかを彼女も知っているということになるだろう。


 ま、あんだけ打ってりゃプロに行くと思うわな。


「あいつ、成績は良いけどバカだから、俺と野球したいってよ。んで、俺もバカだからプロになれって言わずに一緒の大学行こうってなった」


 チラリと彼女を見て問う。


「どうだ? 性格悪いだろ?」

「うん。性格悪いね」

「素直に言われるとショックだな」

「でも、わたしも性格悪いよ」

「なんで?」

「だって、守神くんと岸原くんが同じチームなの見たいって思ってるもん」


 真っ直ぐにそんなこと言うもんだから、目が合うとついつい笑ってしまった。


「お互い、性格の悪いな」

「だね」


 くつくつと笑って、白川は顔を上げて空を見た。


 もう、すっかりと暗くなっている星空を見ながらポツリとこぼす。


「ありがとね。守神くん」


 唐突な礼になんのことかわからずに首を傾げてしまう。


「守神くんからは色々ともらったよ。夢を追いかけることとか……」


 そこで言葉を躊躇するが、意を決して放ってくる。


「誰かを好きになること、とか……」


 気恥ずかしそうに言ってくるセリフにこちらも気恥ずかしくなって、ついつい視線を逸らしてしまう。


「あ、ゆきりーん! こっち、こっちー」


 ちょっぴりわざとらしく、大きく手を振って、買い物を終えた二人を出迎える。


 駆け寄ってくる有希が、白川へたこ焼きを、あーんしてあげて、熱そうに、でも美味しそうに食べていた。


「いる?」


 言いながら、正吾がたこ焼きをあーんしようとしてくる。


「ゴリラのあーんなんていらねぇよ」

「うめぇのに」


 ひょいっとたこ焼きを食べたあとに、真剣な顔をしてきやがる。


「いつも通りとは言えないけど、白川と喋れて安心したわ」

「……ゴリラのくせに、あえて白川誘ったんだな」

「まぁな」


 また一つたこ焼きを頬ばって女子陣を見る。


「晃には、仲良くなったやつとはずっと仲良くしてて欲しいからな。あんな晃はもう見たくない」


 それは、芳樹に嫉妬していた時のことを言っているのだろう。


「……ありがとな。正吾」


 素直に礼を言うと、頭をゴシゴシとかいて照れくさそうな顔をした。


「なんか、晃が素直に礼を言うなんて、むず痒いな」

「俺は素直だっての。ほら、行くぞ」

「おう」


 こちらも照れ臭くなり、女子陣のところに向かって、花火大会の会場へ向かうように促した。

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