第191話 妖精女王の浴衣は時間軸を歪ます

 夏といえば祭り。祭りと言えば夏。


 夏休みも佳境に差し掛かった夏の終わり。


 思い出が海だけで終わりそうな──。いや、あれはあれでめちゃくちゃ良い思いでなんだけどね。


 いや、それだけでは終わらすまい。


 有希の浴衣姿を見ないことには終われない、夏。


 正吾からの電話で、「白川も誘ってある」とのご伝達があった。


 あの夏の大会以降、まともに話していないのでちょっぴり気まずい。


 気を取り直し……。


 直近に行わられる祭りを検索すると、ほとんど夏祭りは終わっており、最後の花火大会だけが残っていた。


 花火大会も夏祭りもほとんど似たようなもんだろうから、俺達は夏の最後のイベント、花火大会に行くことを計画した。


 夏は勉強漬けの予定であった有希をなんとか説得した。


 交換条件として、「全員浴衣」というのを叩きつけられたが、自分が浴衣を着るだけで有希の浴衣を見れるならば全然良い。


「有希と白川待ちだな」

「そだなー」


 花火大会会場の最寄り駅。


 夕方の駅前にはものすごい人の量で溢れかえっており、そのほとんどが花火大会に向かう人なのだと目に見えてわかる。


 だって、浴衣姿だし。


 昨今、浴衣の男性も増えている気がするな。


 意外と多い浴衣男子達を目撃して、現在進行形で浴衣を着ている俺と正吾はなんとなく安堵を得る。


 やっぱり1人だと不安だけど、浴衣を着てる人を見ると安心するね。


「ごめーん。おまたせー」


 かこかこと下駄の音を響かせて、元気な声が聞こえてきた。


 正吾と共に顔を上げると、そこには浴衣姿の白川琥珀が立っていた。


 暖色系であるオレンジの浴衣は、彼女らしい活発で元気な印象を与えてくれる。

 下駄の鼻緒もオレンジで合わせ、頭の先から足の先まで白川琥珀をそのまま出したかのような浴衣コーデは、夏の夕暮れにぴったりであった。


「ええっと、ど、どうかな?」


 その場で1回転すると、ひらりと浴衣が揺れる。


 それを見て正吾が感想を述べた。


「可愛いじゃん。馬子にも衣裳とはこのことか。かっかっかっ」

「うっさい。ゴリラ」

「べぶっ!」


 白川の右ストレートが正吾の顔面にめり込んだ。


 浴衣のイメージ通り、元気で活発なパンチを受けて、正吾は悶えている。


「鼻血出すほど似合ってるってことで良いの?」

「まてまて。俺も相当バグってるが、白川も相当バグってんな! お前の綺麗な右をもらって鼻血出してんだよ」

「馬子にも衣裳とかいうからでしょ。ばーか」

「褒め言葉だろ」

「べー」


 舌を出してから、切り替えるようにこちらを見てくるもんだから、目がガッツリと合ってしまう。


「ぁ……」


 ちょっと気まずそうに視線を落とすと、意を決したように顔を上げた。


「に、似合う、かな?」

「元気な白川にピッタリな浴衣だな」


 思ったことをそのまま口に出すと、「そっか」とちょっぴり嬉しそうな声を漏らした。


「ゆ、ゆきりんの浴衣姿の方が似合うから。守神くん、びっくりして腰抜かすかもね」

「あ、あはは。そうなんだ」

「そうだよ、あはは」


 やっぱりどこかぎこちない俺達の会話に、鼻血を止めた正吾が割って入る。


「で? その腰を抜かすほどの妖精女王ティターニアは何処へ?」

「お手洗い。駅のお手洗いめちゃくちゃ混んでたから、先に待ち合わせ場所に行っといてって──」


 白川の言葉の途中、駅全体の時間が止まった。


 大袈裟かもしれないが止まったんだ。


 正確には時間が止まったわけではなく、人の動きが止まった。


 老若男女問わず、全員の動きが止まったんだ。


 ゆっくりと時間が進むみたく、全員が一点を見つめる。


 その先には


妖精女王ティターニア


 彼女は、時間軸の変わった世界に気が付いていないみたいで、無邪気な笑みでこちらへと駆け寄ってくる。


「おまたせしました」


 彼女の言葉が時間停止を解除する鍵となり、世界の時間が元に戻る。


 ただ、俺だけは未だに彼女の時間の呪縛から囚われ続けていた。


 だってそうだろ。


 長い銀髪をハーフアップにした髪型。

 普段、リボンなんて着けないのに、今日は可愛いワンポイントのリボンをして、その銀髪に合っている。


 浴衣は白を基調にしたエメラルドグリーンの花々が有希のために咲き誇っている。


 そんな浴衣を着ているもんだから、本当に異世界の妖精の里から転移してきたと思ってしまうほど似合っている。


「……」

「……」


 お互い見つめ合い、「有希」「晃くん」と言葉が重なって、黙りこくってしまう。


「ず、ずるいぞ、有希……。そんなに似合ってるなんて……」

「そっちこそずるいです。晃くんの浴衣……。最高、です」

「有希の浴衣こそ、最高だ」

「晃くんです」

「有希」

「晃くん」

「有希」

「はーいはい! お前ら一旦落ち着け。いつものパターンに入られたら花火大会終わっちまうぞ」


 パンパンと手を叩いて場を仕切る正吾が歩みを始める。


「ほら、行くぞ」

「あ、うん」


 空気を読んでか、白川が正吾と並んで歩くのが見えた。


「晃くん」

「有希」

「ええい! いつまでやってんだバカップル! さっさと行くぞ」


 正吾の叫びに反応して、俺と有希は慌ててふたりの後を追うことにした。

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