第190話 親友はプロ野球選手よりも俺とバッテリーを組むことが夢らしい。俺もだよ。ばかたれ
夏の甲子園が終わって、まぁた芳樹の学校が全国制覇しやがったと思ってから数日。
「私がいない間も勉強を怠らないように」
専属メイド様が本業のメイド喫茶へと働きに行っている間、ご主人様は勉学に励めとのありがたーいお言葉をいただきました。
忠実なご主人様は、専属メイドの命令をしっかりと聞き入れ、こうして高校最後の夏休みを勉学に費やしている次第でございます。
あれ? 俺ってやっぱりご
そんな問よりも、参考書の問を解けと、専属メイド様にしかられそうなので、カリカリとシャーペンをノートに滑らす。
ブーブー。
ふと、コタツテーブルに置いていたスマホが震え出した。
そろそろ遊びたい欲求が限界の正吾辺りから誘いの電話でも来たか。
そう思っていたら、同じ幼馴染でもゴリラの方じゃなかった。
芳樹からだ。
「んだよ、自慢か?」
久しぶりに電話をしてきた相手に喧嘩をふっかけてやる。
『Hello Kou I'm in America now』
「うぜーよ」
このやろう。普通に喧嘩買ってきやがった。
『今、アメリカだからね。アメリカ語で返さないと』
「アメリカ語ってなんだよ。なんで英語喋れる奴がアメリカ語とか言ってんだよ、くそったれ」
芳樹は甲子園で全国制覇した後、国際大会のメンバーに選抜された。
今大会の主催地はアメリカらしい。
「んで、なんでわざわざ電話?」
『今、フリーになったんだ。でもやることなくてね』
「暇つぶしの相手が幼馴染の男って悲しくならんか?」
『悲しいね』
「彼女の一人でも作れよ。モテんだろ、あんた」
『彼女持ちに言われても嫌味にしか聞こえない』
「ま、あの子以上の女の子はいないからな」
ふふんと鼻を鳴らして、高々に言ってやる。
『晃くんって彼女できると、とことん変わるタイプだよね』
電話越しの芳樹から、心底呆れた声が聞こえてくるが、それはこちらも同じ気持ちである。
「彼女ができて変わった晃くんは受験勉強で忙しいんだ。暇つぶしの相手なら切るぞ」
『あ、そうそう。受験。受験だよ、受験』
「受験生に受験を連呼してくんな。病むだろうが」
『晃くん、受ける大学決まってるのかい?』
「あ、ああ。担任の先生と、親と相談して、推薦入試受けようと思ってな」
夏の大会が終わってから数日。夏休み前に、猫芝先生と両親とで相談した。結果、猫芝先生が見つけてくれた大学を受験することになった。
結構、野球で有名な学校で、偏差値も高い。俺は意外と内申点が高いみたいなので、推薦入試でその大学を目指すことにした。
『どの大学? なんて名前? 教えてよ』
「いや、別に隠してないから教えるのは良いが、芳樹には関係ないだろ。卒業後、プロにでもなっとけ」
ちょっと嫌らしい言い方かもだったが、実際にこいつはプロ野球のドラフトで指名されるだろう。
甲子園であれだけ暴れたんだ。スカウトの目にも止まっていることだろう。
『あはは。プロ、ね……』
歯切りの悪い返事に違和感を覚える。まさかと思って、焦った高い声が出る。
「お前、まさか、また怪我でも……」
『あ、違う違う。全然違うよ』
あっけらかんという感じから、怪我とかはしてなさそうだ。
しかし、それならなんで歯切りが悪くなったのやら。
『実はね、スカウトの人から声はかけられた。そりゃ甲子園で最多本塁打放てば僕を放っておかないよね』
「なんなのお前。自慢ばっかじゃん」
『ごめん、ごめん。でも、うん。キャッチーじゃないスカウトでさ。僕を取るなら違うポジションとして取るって話なんだよ』
「昔からの夢だったプロになれるってんだから、ポジションなんかにこだわるなよ」
『こだわるさ。だって、きみがまたピッチャーをするっていうのなら、こだわるに決まってる』
そんなことを言ってくれる彼に対して、言葉が出なかった。
嬉しかったから。
こちらの思いに気がついているのかどうかわからんが、彼は続けて言ってくる。
『僕はきみのキャッチャー以外はやらないと決めていた。だからサードにコンバートしたんだ。でも、きみが過去を克服して、再度立ち上がるならば、ぼくだって立ち上がる。キャッチャーをやりたい。キミの球を取りたいんだよ』
だから……と真剣な声で言われてしまう。
『ぼくはキミと同じ大学に行って、またバッテリーを組みたい』
「……お前、まじで言ってんの?」
『本気さ』
「ちょっと待てって……。プロだぞ? プロ野球選手になれる機会をやすやすと……」
『僕にとって、プロになることよりも、キミとバッテリーを組める方が夢なんだよ。もう二度と一緒に野球ができないと思っていたのに、キミとできるなんて、これ以上の夢はないさ』
芳樹は、すぅと息を吸うと、覚悟を決めたかのようなおもい言葉を放つ。
『大学でバッテリーを組んで、卒業後にプロ野球界で大暴れしてやろうよ。正吾くんと三人でさ』
「……はは。お前、ばかだわ。頭良いのか、悪いのか、わかんねぇよ」
呆れた声の中に、嬉しさを含ませたのは芳樹にはバレバレだったみたいで、笑いながら言ってきやがる。
『大学卒業後、ぼくがスカウトされず、晃くんだけがスカウトされたとしても社会人野球に付き合ってもらうからね』
「……お互い、大学で大暴れしてからプロ野球界だな」
『だね。──おっと、自由時間が終わるみたいだ。じゃ、また帰国したら話そうよ。正吾くんと三人でさ』
「ああ」
力強く返事をすると、電話は切れた。
ツーツーと機会音だけがするスマホを眺める。
「バカだわ。バカ。大バカ野郎だわ」
スマホをコタツテーブルに置いて、寝そべった。
見慣れた天井を見て薄ら笑いが出て来る。
「バカすぎて、そんなん夢見ちまうじゃねぇかよ。バーカ」
本心では、また芳樹と野球ができる喜びを隠せないでいる。
また三人で、あの頃みたいに……。
ブーブー。
「……なんだぁ?」
再度、コタツテーブルのスマホが震えた。また芳樹か?
なにか言い忘れたことでもあんのかな。
「あ、違った。ゴリラだ」
電話の主は正吾だった。
「もしもし」
『こおおおお。祭りいこおおおおぜええええ』
「祭り?」
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