第189話 後先考えない行動も、きみとなら思い出になる

 楽しい時間の進み具合というのは、どうして早く過ぎるのだろう。


 授業中は、時計の針がもっと早く進めと念を込めるくらい、遅く感じるってのに。


有希と海で過ごすと、あっという間に空がオレンジ色になっちまった。


 海にいる人達もすっかり少なくなっており、俺達もそろそろとレンタルしていた道具を返しに行く。


 片付けを終えて、シャワールームで体を洗い、私服に着替えて有希を待つ。

 来る時よりも帰る時の方が時間がかかるのはわかっているため、夕日に染まる海を眺める。


 青い海の綺麗さは、清々しく爽やかな綺麗さがある。


 目の前に広がるオレンジ色の海は、感動的で、気持ちが込み上げてくる綺麗さであった。


「楽しかったな」


 オレンジの海は今日の思い出を振り返させてくれる。


 なんて、詩人じみたことを思ったりして彼女を待つ。


「晃くん」


 オレンジ色の海から後ろを振り返ると、銀色の髪に、白のワンピースを纏った、夏の妖精が砂浜に舞い降りた。


「お待たせしました。帰りましょうか」

「……だな」


 ワンテンポ返事に遅れたのは、まだ名残惜しいから。


 それを察したのか、有希が隣に立つ。


「夕日に染まった海も綺麗ですね」


 潮風に靡いた長い銀髪が、海に負けじとキラキラ光っている。


 その髪を耳にかけると、こちらをちょっと怒ったかのような顔で見てくる。


「今のは、『有希の方が綺麗だよ』っていうところでは?」

「至極当然のことを言うまでもないだろ」

「言葉にしないと相手に伝わりません」


 確かに、その通りだと思い、海へ向かって言い放つ。


「有希より海の方が綺麗だよ」

「そんなことはわかっています……ん?」


 勝ち誇ったかのような顔をして自信満々に返そうとした面が、崩れてしまった。


「ちょっと? 今のセリフおかしいのでは?」


「有希のことだから、そうやって返してくると思ったから、ちょっと仕掛けてみた」

「なんですか、それ! なんですか、それー!」


 ムキィと怒りを露わにする有希は俺の手を引いて海の方へと誘う。


 波打ち際までやって来ると、「ていっ!」と軽く押されてしまう。


「うお!」


 体制を崩した俺はよろけてその場で転けてしまう。


 ザバンと水が弾けて、俺は私服のままで海水浴をしてしまった。


「なにすんだよ!」

「有希より綺麗な海に入れて良かったですね。ふんっ」


 明らかに怒っている有希へ、ベトベトなまま立ち上がり、思いっきりその場で水を蹴り上げる。


「おりゃ!」

「きゃ」


 頭から結構な水を被ってしまい、有希のワンピースはちょっとだけ透けて、サファイア色のブラジャーがちょっとだけ見えた。


「なにするんですか!」

「美女がびじょびじょ」


 煽るように言ってやると、有希が駆け寄ってくる。


「ええい。道連れにしてやる」


 言いながら俺の背中に飛び込んでくる。


「ちょい。もう既にびしょびしょだから。離れろ」


 剥がすように暴れてみせるが、なかなか離れようとしない。


 ちょっとバランスが崩れてしまって。


「「ぁ……」」


 お互いの吐息のような、息と同時にその場に前向きに転けてしまう。


 すぐさま起き上がり、互いに見つめあうと、「あっはっはっ」と笑い合う。


 もう、誰も泳いでいない海で私服をびしょびしょにさせて俺達はなにをやっているのだろう。


 だけれども、こういうのも夏の思い出なのだと思える。







「はしゃぎ過ぎましたね」

「だな」


 ちょっと冷静になり、駅方面へと向かう。


 互いの服から滴り出る雫は、ヘンデルとグレーテルのパンクズのように歩いてきた道を示すが、気温によってすぐに乾いてしまう。


「後先考えない行動だったな」


 はぁとため息を吐く。このあと、これで電車に乗ると考えるとちょっと憂鬱だ。


「良いじゃないですか」


 意外にも有希は気にしない様子で、爽やかな笑顔を見した。


「晃くんとなら、後先考えない行動も、色褪せない思い出になりますから」


 そんなことを言われると、憂鬱な気分が吹き飛んだ。


「晃くんは違います?」

「俺もそうだよ」


 ちょっとためてから、有希へ伝える。


「有希となら、どんなことでも思い出になるよ」


 こちらの言葉を聞いたあと、お互いびしょびしょの服で腕を組んで帰る。


 カラスがバカにしたように鳴いている気がするが、俺達は自分達の世界に浸っているので、気にせずに帰って行った。

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