第188話 普通の状態でもナンパされる容姿なんだから、そんな水着でナンパされない方が無理がある

 まばらだった人の数も、太陽が南の方に位置する頃には随分と多くなってしまった。


 人の少ない海の方が良かったのだが、人が多いのは、それはそれで夏休みの海って感じがして、嫌いではない。嫌いではないが、ちょっと懸念がある。


「有希のやつ、遅いな」


 波打ち際で、イチャコラセッセとしていたところに、俺の巨大な腹の虫が鳴り響いた。


 それを好機と言わんばかりに有希が、「すぐにお昼を買って来ます!」と、こちらの言葉を待たずして行ってしまった。


 仕方なく忠犬ハチ公みたいに待っているのだが、全然帰って来ない。


 人が増えたので、単純に店が混雑しているってのもあると思うのだが……。


 キョロキョロと有希が向かった方へと視線を向けると、俺の懸念していたことはどうやら的中してしまったようだ。


 遠くの方で、長い銀髪のアメジストの水着を着た女性が二人組の小麦色に焼けた肌の男達に絡まれている。


「やっぱしか……」


 なんとなくそんな予感がした。そりゃ、有希なんだからナンパくらいされるだろう。普通の状態でもナンパされるだろうに、あんなセクシーを兼ね備えたら、変な虫が寄ってこないわけがない。


 手元にあったラッシュガードを持ち、駆け足で有希の下へと走り出す。


「すみません。人を待たせているので」

「いいじゃん。俺達と遊ぼうよ」

「俺らと楽しもうぜ」


 近づくと、初期の頃を思い出す、冷たい表情で男達を振りほどこうとしている有希の姿があった。


 それにしたって、ナンパがなんともまぁ捻りがないというか、なんというか。


「俺らの筋肉いいっしょ」

「きれてるっしょ」


 お。捻りを入れてないと思ったら、入れ出したな。ボディビルダーみたいなポージングを決めて、胸筋をひくひくとさせている。いや、初対面の女子にそれは引くだろ。


「……ぉ」


 あの筋肉フェチの妖精女王ティターニアめ。ちょっと靡いてないか? あんにゃろ。このあとお仕置きしてやる。


「ほらほら。筋肉、筋肉」

「やーへーい。筋肉、筋肉」


 ちょっと手ごたえを感じたナンパ男子二人組が、ここぞとばかりに筋肉を主張していた。こちらからすると地獄絵図だな。おい。


 そんな地獄から有希を救い出すために、手を掴んで強引に引き寄せる。


「きゃ……」


 いきなりだったので、有希もちょっとだけよろけてこちらの胸に体を預ける形になる。


「すみません。俺の彼女なんで」


 セリフと共に力が入ってしまい、有希を思いっきり抱きしめてしまう。


「ちぇ。そりゃ彼氏くらいいるか」

「くっそー。そりゃそうだわな」


 ナンパ二人組は案外すんなりと諦めると、「筋肉、筋肉」と言いながら、次の獲物を探しに浜辺をさまよった。夏は変な奴が多いな。


「こぉくん……。くるちいよぉ……」

「おっと」


 力いっぱい有希を抱きしめていたのを忘れており、解放すると、「ぷはぁ」と大きく呼吸をする。


「わり、汗臭かったな」

「晃くんの匂いをダイレクトで感じられたのはご褒美です」


 有希もご褒美とか言うんだな。


 初期の頃から大きな変化を果たしている彼女へ、俺は強引にラッシュガードを肩から被せる。


「着とけ」


 強く短い言葉には、変な男が寄って来るから着といてくれって意味を含めてある。


「もう私の水着は見飽きてしまいましたか?」


 まさかそんな返しがくるとは思っていなかったので、ちょっぴり面食らってしまった。


「んなわけあるか。ずっと見てたいわ」

「では、これは着なくてもよろしいですね」

「また変な虫が寄って来るぞ」

「その時は今みたいに守ってくれるでしょ?」

「そりゃ守るけど、わざわざ変な虫をおびき寄せる真似はしなくて良いだろ」

「変な虫が寄って来たとしても、それ以上に晃くんに水着姿を披露したいのです」


 いや、うん。発言は嬉しんだけど、手の施しようもない奴に寄ってこられたら面倒って話じゃすまないぞ。


 しかし、有希も頑固なところがあるからな。簡単には自分の意見を曲げない。


 どうしようか悩んでいると、一つ作戦を思いつく。


「あんた、さっきの男達の筋肉に靡きそうになってたろ」


 ギクッと肩を震わせる。


「い、いや、あれは……」

「ご主人様の筋肉よりもそこら辺の筋肉ですかい? ええ?」

「ち、違います!」

「どう違う?」

「あれは、晃くんの筋肉の方が凄いなぁというリアクションで、決してあの人達のが良いというわけではありません」

「本当かなぁ?」

「本当です。神に誓います」

「でも、結構まじっぽい感じだったし。あー、ショックだわー。有希がそんな感じとかショックー」


 棒読みで適当なことをぬかすと彼女は、「うう……」とうなだれてしまう。


「どうすれば信じてくれますか?」

「それ着たら信じてやるよ」


 肩に被せたラッシュガードを指差すと、ため息を吐かれてしまう。


「……晃くんにしてやられた感があります」


 ぶつぶつと文句を言いながらもラッシュガードを着ると、睨みながら指差して来る。


「勘違いしないでくださいよ。私、晃くん以外の筋肉に興味なんてないんですからね」

「うん。信じるよ」

「うう……。なんだか晃くんに負けた気がします」

「はは。たまには有希に勝たないとな。ご主人様としての威厳ってのを見せないと」


 笑いながら浜辺を歩き出し、俺達の基地へと戻ろうとすると、ピタっとくっついて嬉しそうな笑みで言って来る。


「ありがとうございます、晃くん。助けてくれてとても嬉しかったです。私のご主人様はいつでもカッコよくて、専属メイドとしてこれ以上の幸せはありませんよ」


 急にそんなことを言って来るもんだから、嬉しくて言葉を失ってしまう。


 やっぱりこの子には敵わないな。

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