第181話 天然のサイレントトリートメント
野球にはラッキーセブンなんて言葉が存在する。
由来は諸説あるみたいだな。
スピリチュアルで7という数字は幸運を持ってくるだとか、パチンコから来ているとか、メジャーリーガーが大切な試合で、ボソリと呟いただとか。
ただいま7回表の攻撃中。
ラッキーセブンだからといって、この地獄のような空気からは逃れることはできない。
「……」
「……」
き、気まずい。
そりゃさっき、振った、振られた関係の相手が同じ空間にいるんだ。当たり前。
白川琥珀が目を腫らし、スコアを無言で取っている。
カツカツとか、サァサァとか、そんな音が聞こえてくる。
芳樹が、自分のベンチが葬式って言っていたが、こっちもあっちに負けず劣らずの葬式となってしまった。
「守神」
野球部キャプテンの坂村が、こちらにやたらと気を使う声を出してきた。
こっちはどんな顔してあんたを見たら良いかわからん。
「ナイスピッチ! ほんと凄いよ」
「あ、ああ……」
ポンっと坂村が俺の左肩に手を置くと、頷いてくれる。
「本当にありがとう。本当に……。だから、色々と気にせず、このまま突っ走ってくれよ」
それは白川の告白のことを言っているのか、それとも、純粋に試合のことを言っているのか……。
いや、その両方なのだろうな、と思い、ちょっと嫌らしい声で坂村に言ってのける。
「色々と気にするだろ。このまま、突っ走ったって良いとこ同点だ。そろそろ点が欲しいんだが」
「あ、あははー」
視線を逸らしてから、なんともまぁ乾いた笑いを浮かべたこった。
ま、立場が逆なら俺だって笑ってしまう。
7回に入っても相手さんの球速は落ちやしない。あんなもん、打てるはずもない。
6回までの互いの成績は、向こうは打者18人に対して、17奪三振、被安打1。
俺は、打者18人に対して、16奪三振、被安打1。
あ、うん。俺も十分に化け物じゃね? アマチュア野球でも16奪三振って中々ないよ。自信出るわぁ。
とか、鼻高々になっている間にも向こうさんは三振を築き上げて、19奪三振だとさ。
『4番キャッチー近衛くん』
いつの間にかツーアウトになっていた7回表の攻撃。
正吾の名前が相変わらず良い声でアナウンスされたので、俺はすかさず立ち上がり叫んだ。
「ゴリラ!! こちとらとんでもない空気になってんぞ!! なんとかしろ!! ぼけ!!」
俺の叫びに対して、爽やかの向こう側に阿呆が見える笑顔で言ってのける。
「グランドスラム打ってくる!!」
あ、だめだ。そりゃ満塁ホームランの訳なのに、もう訳わからんこと言ってる。
「そうですかい。はぁあー。次の回も頑張って抑えますねぇ」
諦めてグローブを持ち、パンパンと気合を入れていると、
カキーン
快音轟く金属音。
聞き間違いかと思ってグラウンドを見てみると、正吾がゆっくりとダイヤモンドを1周していた。
「……(パクパク)」
訳がわからず、グラウンドを指差して声に出ない問いを白川に送る。
彼女も現実を受け入れなれないような顔をして、小さく言った。
「レフトスタンドに叩き込んでた」
「うそ」
「ほんと」
葬式のような雰囲気のベンチが、ふわふわとした空気に変換された。なんだかファンタジー体験をしているような気分に陥る。
こっちサイドがファンタジーな感じになっていることなんて露知らず、正吾はゆっくりとホームに帰って来た。
「うぇーい!!」
陽気な声を出してベンチに戻ってくる。
誰も祝福の声をかけない。いや、かけられないでいる。
驚きがリミットを超えて、どうリアクションして良いかわからない状態。
メジャーリーグで流行った、天然のサイレントトリートメントみたいになっちゃってる。
「って! おい! 祝福わい!?」
「お、おめでとう」
「なんか違う!! しかも晃! グローブ着けてる!!」
「あ、あははー」
まじに点取ってくるとは思ってなかったから、現場は更に沈静化が進んでしまった。
「おいい! せっかく点を取ったってのに、あんまりじゃねぇかよ!!」
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