第180話 宣言通りに貫き通す

「罪な男だね」


 既に試合は再開されていた6回表の我が校の攻撃中。


 ベンチに戻ると、猫芝先生が俺を見るなり聞こえるような小声で言ってくる。


「聞こえてましたか?」

「あれだけ叫んでたら、ね」


 先生も聞く気はなかった様子。


 それということはベンチまで白川の声が轟いていたということになる。


 つまり、坂村にも聞こえていたことだろう。


 彼が白川へ片想いをしていたことを思うと、複雑な心境になる。


「大平さんという彼女がいながら、白川さんなんて可愛らしい女の子まで、はべらかすとか」

「だから自分なりに覚悟をして返事をしたつもりです」

「『俺はマウンドに立ち続ける』って?」

「……はい」


 先生は苦い顔をして、「かぁぁ!」とかタンをからませてくる。


「わかりにくい。ほんっとわかりにくい。なにそれ、かっこつけてんの? 白川さんは、はっきりと告白したのに、守神くんはなんか遠回しで。先生、そんな守神くん好きじゃないな」

「『ごめん。彼女いるから無理』なんて火の玉ボールはベンチ裏で投げるじゃなくて、試合で投げますよ」


 ん? 待てよ。


「白川のはわかるが、俺のセリフをなんで知ってるんです? そんなにでかい声で言ってなかったと思うのですが」

「あー、あれは、その……」


 目をキョロキョロとさせているので、睨みつけると白状する。


「白川さんの声が聞こえて来て、これはなんかドロドロな展開と期待して見に行ったよね」

「生徒の恋愛事情を覗き見すんなよ!」

「アラサーなると他人の恋愛の方が好きになるの。主人公は自分じゃなくて、他の人なの。今日なら、守神くんを酒のつまみにして、『ヘタレんなよ。ハーレムでいけ、ぼけ。くけけ』とか言って、ビール飲むの」

「このクズ教師めが!」

「アラサーは大体こう!」

「ほんとかよ……」


 はぁ、と大きなため息を吐いて呆れると、自分の都合の悪い話から逃げるように、先生が真剣な顔で言ってくる。


「守神くん。今のまま、白川さんへ覚悟を見せるの?」

「あん?」


 まだ、さっきのクズっぷりの残像があるので横柄な態度になっちまう。


「足、めっちゃ痛いんでしょ? 2人の会話から察するに、さっきのボール、やっぱり当たってたみたいね」


 この人はどこから見ていたのか。もう怒ってもアラサーじゃ直らないだろうから、諦めて返事をしておく。


「……まぁ、そりゃ」

「見せて」

「え?」

「良いから。見せなさい」


 半ば強制的に足を見せることになってしまった。


 猫芝先生は俺の足を見て、「うん、うん」と頷いて、わかってますよ感を出してくる。


「先生、俺の足、めっちゃ臭いっしょ」

「青春の香りね」

「アラサーの表現力」

「これくらいなら大丈夫そう」

「どういう意味?」

「先生こう見えて、可愛いは作れるし、足も作れるから。さ、来なさい。応急処置してあげるから」


 足も作れるという謎のワードはさておいて、先生は鞄から救急セットみたいなものを取り出した。


 手際良く、俺の足になにかしらを塗ったり、なにかしらの湿布みたいなのを貼ったり、なにかしらの飲み薬を飲ませたりしてくる。


 最後に、くるくると包帯を巻いてくれる。


「これでヨシ!」

「現場のヨシほど信用するなとネットで聞いたのですが」

「ネット民のオアシス。オ、俺じゃない。ア、あいつがやった。シ、しらない。ス、済んだこと」

「オ、おはようございます! ア、ありがとうございます! シ、失礼します! ス、すみません!」


 なんか嫌な予感する。

 

「ちょっと待て。今の治療、まじで大丈夫だろうな?」

「ス、済んだこと」

「ス、すみませんって言ってんだろうか! てか、え?」


 こちらの慌てふためく姿に、ケタケタと笑う。


「大丈夫よ。ちょっと歩いてみなさい」

「ほんとかよ」


 疑いながらも、言われるがままに歩いてみる。すると、痛みはなかった。


「あれ。痛みが……」

「ないでしょ」

「はい」

「でしょぉよぉ」


 どこか安堵したかのような声は不安だったが、痛みがなくなったのは凄いことだ。


「ありがとうございます」


 素直に礼を言うと、先程までのふざけてた態度が一変、真面目な空気で言われてしまう。


「これで白川さんへ覚悟を証明できるわね。マウンドに立ち続けると言った覚悟の選択を彼女へ見せてあげなさい」

「はい」


『ストライク!! バッターアウト!!』


 6回表の攻撃が終わって、俺はマウンドへ向かう。


 今までベンチにいなかった正吾が、ガシャガシャとキャッチャー道具を着けて走りながら俺の前に立ち塞がった。


「晃」


 珍しく真剣な顔で見てくる正吾の顔。


「俺は上手くは言えない。ややこしいことはわからない。でもさ、晃の覚悟と白川の覚悟。どっちの覚悟も俺は凄いと思う。だから、なんていうかさ……」


 難しいことでも考えているのか、ヘルメットを取って、頭を掻きむしった後に、爽やかな顔をして言ってきやがる。


「どっちの覚悟も、今日勝てば解決するって俺は思う。そんな単純な話じゃないかもだけど──勝とうぜ」

「もう、俺に勝つ以外の選択肢なんてねぇんだよ。勝たないと……俺とあの子の覚悟が無駄になる」


 強気に言うと、キャッチーミットでポンポンと背中を叩いてくる。


「今日の晃なら、絶対に大丈夫」


 軽く言ってのけて、正吾がポジションについた。俺も再度歩みを始めてマウンドへ向かう。


「守神くん!!」


 ベンチからどデカい女の子の声が聞こえて振り返ると、白川琥珀が目を真っ赤に腫らして、息を吸い込んで更に大きく言い放つ。


「酷いフリ方したくせに!!! 打たれたら承知しないからね!!! ばかああああああ!!!」


 胸の内のモヤモヤを晴らすかのような声がドーム全体に轟いた。


 実際、どこまで聞こえたのかはわからないが、俺までははっきりと届いていた。


 宣告通りにマウンドに立つ。


 足の痛みは、ない。


『ストライク!! バッターアウト!!!』

「しゃあ!!」


 更にギアを加速させて、次々にバッターを切っていった。

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