第178話 普段、ちょっとしたことでも痛がる奴は、まじに痛い時は隠すの、あれなに? カッコいいと思ってるの? はい、ロックだと思ってます

 打者一順した4回裏も、なんとか抑えての5回裏の相手チームの攻撃。 


 3番バッターを三振に抑えて、甲子園常連校の4番バッター。


 身体の大きさは芳樹ほどではない。というか、芳樹はこのチームでNo.1の大きさらしいな。


 あれ以上の恵まれた身体の選手はいないみたいだった。


 そんな芳樹を差し置いての4番バッター。プロも注目もスラッガー。


 ──スラッガー多すぎなんだよ、どちくしょうが。


 そんな4番もジャイロボールでなんとか三振に切って取る。


 これで13奪三振じゃ、くそったれが!


 ざわざわと騒ぎ立てるドーム球場。


 相手さんの調子を見に来た学校も、スカウトも、高校野球好きのおっさんも、刮目しやがれ。


 これが元日本代表じゃあほんだらがっ!


 なんて内心思わないとやってられない。


 9人全員に集中しないと、ちょっとでも油断したら打たれる。


 元々ジャイロボールなんて打つ練習してなかっただろう。


 中途半端なスピードのボールと珍しい球。そして絶好調の俺が重なった結果だ。もうぼちぼちとバットに当てられてしまうことだろう。


 有希とお揃いのジャージを着て朝練してなかったらとっくにお陀仏だったろうな。体力作りしといてまじで良かったぁ。彼女には感謝しないと。


 とか試合中に余裕こいてみたりして迎えるバッターは、元後輩の田山だ。


 芳樹からレギュラーを奪い取った2年生キャッチャーは、右バッターボックスで俺を殺すかのような目で睨みつけてくる。


 おいおい。さっきの挑発で怒ってんのか? 


 こえぇよ。


 カキーン!!


 俺の投げたジャイロボールは真芯で捉えられてしまう。


 打球はレフト方向に大きく伸びて、ポールのわずか左に切れて行く。


『ファール! ファール!!』

「あっぶね」


 年下のキャッチャーに大ファールを打たれちまったな。


 それにしてもえれぇ打球。どこまで飛ばすんだよ、あいつ。看板当たったんじゃね?


 だが、三振前のなんとやら。どんだけ飛距離が出てもファールはファール。


 おれは14奪三振を奪いに、得意のVスライダーで締めくくろうとした。


 キーン。


 金属音が響くとの同時にこちらに弾道の低い打球が襲いかかってくる。


 やべっ、避けら──。


 ガッ!


 俺の右足に当たった打球は死ぬことなくセンター前まで抜ける強烈なセンター前ヒット。


 田山は1塁ベースで1塁側ベンチにガッツポーズをみせる。それに応える相手チーム選手達。


 そりゃ、弱小高校にヒットが打てなかったんだ。


 ようやくのヒットの喜んでいるというよりは安心したのだろう、


「晃! 足!」


 正吾がこちらに駆け寄ろうとしてくるので、手で制止をしてみせる。


「大丈夫だっての。当たってねぇわ」


 ここで当たったとか言って余計な心配増やすこともない。実際、痛くもないし大丈夫だ。


「まじか? 確かに上手いこと避けてたけど。まじに当たってないよな?」

「大丈夫だっての。ほら、戻った、戻った」


 シッシッと犬を追い払うみたいに正吾をポジションに戻す。


「タイム!」


 3塁ベンチからそんな声が聞こえてきた。


 まさか、ウチの学校の奴等がさっきのピッチャー返しに気が付いたのか? 


 もしかして白川? 


 それとも猫芝先生? 


 それか大穴で、俺と正吾の犠牲に試合に出られていない2年の田中山か? 


 って、田中山の野郎、ゲームしてやがる。


 まぁ人数合わせで入部させられたって自分でも言ってたから良いんだけどさ。もう少し興味もとうぜ。


 んで、実際、タイムを取ったのはその誰でもなかった。


 3塁ランナーコーチの芳樹が、グラウンドに深くお辞儀をすると、ダッシュでマウンドに駆け寄って来る。


「うぉ。な、なんだよ」


 こちとら、でけーガタイの爽やか系イケメンがやって来て、驚きの声しか出なかった。


 ガタイの爽やか系イケメンは正吾でお腹いっぱいだっての。


「僕が、気が付かないとでも思ったかい?」


 言いながらしゃがみ込むと、尻ポケットに入れていたコールドスプレーを容赦なく俺の右足へかけてくる。


「うひゃ。ちめた」


 足が凍るような異常な冷たさ右足に降りかかるが、芳樹は止めることなく、振り続ける。


「きみはどうしてそうなんだい? 今の、モロに当たってたろ」


 呆れた物言いに対して


「バレてた?」


 てへぺろ、なんて可愛らしく言っても無視されちゃった。


「晃くんの欠点は守備だからね。ピッチャーとしては超1流だけど、投げ終えたピッチャーは内野の一員。守備の苦手な晃くんはピッチャー返しが苦手だ。昔と変わらないね」

「ほっとけ。俺をチートって言うやつもいるんだぞ」

「ああ。チートだね。ピッチャーとしてはチートもチートだ。実際、僕たちに13連続三振なんて、凄すぎる。ウチのベンチは葬式モードだよ」

「まさか、甲子園常連校がこんな弱小高校に負けて、1回戦敗退とはな。ま、甲子園で、かちわりでも食って、俺のシンデレラ甲子園ストーリーを見ててくれや」

「調子に乗らないことだね。僕がきみの息の根を止めるお膳立てだよ。全部」

「おい親友。なんちゅうえげつないこというんだ。観客はみんなジャイアントキリングをお望みだぞ」

「もうジャイアントキリングなんて見飽きただろ。絶対の王者が勝ち続ける無敵のストーリーをそろそろ取り入れないと観客は飽きてしまう。親友だからこそ、完膚なきまでに叩き潰してあげるよ」

「え? 芳樹代打で出るの?」

「今のところ予定はない」

「ないんかい!」


『きみ、大丈夫か?』


 芳樹との掛け合いの最中、主審が駆け足でやってきて心配の声を出してくれる。


 さっきは怒られたけど、そこは体育会系。分別がついており、怪我をしていると思った選手には優しく声をかけてくれる。


「あ、はい。当たってはないのですが、この選手が一応ということでスプレーを振ってくれました」

『そ、そうか。怪我をしていないならプレイはできるかな?』

「大丈夫です」

『わかった。きみもありがとう。他のチームなのにすぐに駆け付けてくれて』

「いえ、僕は当然のことをしたまでです。すみません、プレイを中断して出しゃばった真似をしてしまって」


 芳樹は深く頭を下げると3塁ランナーコーチのところへと戻って行った。その途中、観客席からは拍手喝采が送られる。


 こちらの事情に気が付いた1塁側ベンチからは監督が頭を下げてくれた。それに続いて選手、マネージャー全員が頭を下げてくれる。そして、1塁にいる田山もヘルメットを脱いで大きく頭を下げた。


 メジャーリーグなんかは頭を下げたら負けみたいなところがあるが、ここは日本で、ましてやプロでもなく高校野球。教育の一環でのスポーツだ。


 故意でなくても、相手に怪我をさせてしまった恐れがあるのならば頭を下げる。それができないチームってのは以外に多い。


 だからって……。


「……」


 向こうの監督が、中学3年の時の俺を捨てた発言は許されない。ちくしょうが。


 大衆の面前の前でだけ良い恰好しやがってどぐされが。


 見とけよおっさん。俺を切り捨てたこと後悔させてやらぁ。


『ストライク! バッターアウト!!』

「うっしゃらああああ!」


 6番バッターを三振に切って取る。


「あ、うん。めたんこ足が痛い」

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