第177話 公式戦で知り合いにあったら、怒られるまで喋るよね。そのあと監督にめっちゃ怒られるけど
「ふぃー。おつかれ、おつかれー」
2回裏が終わって上機嫌に3塁側ベンチに戻って来る。
グローブを置いて、スポーツドリンクを飲みながら汗を拭いていると、隣から視線を感じた。
「んー?」
「いや、驚いてる目。改めて驚いてる目」
隣でスコアを取っていた白川が、自分の丸くなっている目について説明をしてくれる。
「かっかっかっ。甲子園常連校に対して、六者連続三振を披露すりゃ、驚きもしますかねー」
どうやら相手さんも、珍しいジャイロボールなんて見たことないらしい。
1人、向こうの5番キャッチーの子が知り合いだが、実際に対戦したことはない。
「まだ打者一順していない。次の回も連続三振はあり得るが、本番は4回からだ」
「これはこれは。2回の表にボッテボテのサードゴロだったウチの大砲様じゃありゃしませんか」
ガシャガシャとキャッチー道具を外しながら正吾が絡んでくるので、先程の彼の打席結果をいじってやる。
「で、で、でもよ!? 全力疾走で内安打。甲子園常連校からヒット1本打ってやったぜ」
「ライスラン」
「「いえー!」」
さっきもハイタッチをかわしたが、今はアドレナリンが大量に放たれているため、やたらとテンションが高い。
「その後、全員三振だったけどね」
ため息混じりの声を出す白川へ、ポンポンと肩を叩く。
「しゃーない、しゃーない。みんな150キロ後半のバッティング練習なんてしてないんだから」
「ちょ、ちょっと……。触らないでよ……」
「おいおい。六者連続三振を披露したってのに汚物扱いは辛いぞ」
「い、いや、そうじゃない、というか……」
「晃。ネクストお前だぞ」
こちらのやり取りの最中、正吾が教えてくれるので、汚物の汚名を抱えたままヘルメットを被る。
「晃。いつもはピッチングに専念して欲しいから打つなって言ってるけど、今日は違う。遠慮はいらねぇ。スタンドにぶち込んでくれ」
「なんちゅう無茶振りな注文だ」
150キロ後半のストレートなんて打てるかよ。
『ストライク!! バッターアウト!!』
8番バッターがあっさりと三振に倒れてしまう。
ワンアウトランナーなしのグラウンドでは、内野陣がボール回しで守備のリズムを作っていた。
『9番、ピッチャー守神くん』
相手のボール回しの最中、プロ野球の試合でも採用されているウグイス嬢が俺の名前を呼んでくれる。
ウグイス嬢なんて名前なだけあり、マイク越しからウグイスみたいな透き通る声がドームに響き渡る。
ま、有希の方が良い声だけどな。
ブンブンと軽く素振りをしてから左バッターボックスに入ろうとすると、マスクを外した相手キャッチーがこちらを見てくる。
「久しぶりっすね。守神さん」
「……おろ。これはこれは、シニアの後輩の山田じゃないか」
「田山だわ!」
「わかってるっての。愛称じゃんか」
「……ッ。あんたのは冗談なのか、どうなのかわかんねーっす」
「芳樹と一緒の学校だったんだな」
「ええ。岸原さんと、あんたを追いかけて来たつもりでした。あんたの球を取るのが夢だったっすから。でも、あんたはいなかった……」
マスクを着けながら相手キャッチーは座り込んだ。
「怪我をして野球を辞めたと聞きましたが……。お笑いっすわ。こんな訳わからんチームで野球やってるとか残念っす。思い出作りにしちゃ残酷っすね。しかも近衛さんまで巻き込んで」
「そんな訳のわからないチームのピッチャーから三球三振だったなぁ」
「あん!? あ、あれは、あれだわ! ちょっと油断したんだわ!」
「ま、俺からするとありがたいわ。芳樹じゃなくて山田が出てくれて」
「くそが! 田山だって言ってんだろ! つか、あの人と比べんなや!」
『君たち! 私語は慎みたまえ!』
主審の人からお叱りを受けてしまう。
「へーい」
「す、すみません」
田山はこちらを睨みつけている様子だったが、気にせずに構える。
精神的に揺さぶろうとしたのか、本当に久しぶりの再会に声をかけたのかわからないが、今は敵同士。
挑発しておいて熱くなってくれればリードも乱れるだろう。
相手ピッチャーはここまでストレートしか投げていない。
もちろん、手を抜いていない150キロ後半のストレート。
変化球がないわけじゃない。変化球を織り交ぜて来ない分、ナメプはされている。
春の甲子園ではスライダーだけ投げてたな。
ま、150キロ後半のストレートとスライダーを織り交ぜられたら、高校生なら中々打てないだろう。
でも、俺もピッチャーだからわかる。スライダーだけで勝てるほど甘い世界ではない。
絶対に他に変化球を持ってるはずだ。
それを見るまでは……。
──なんて思ってたけど、中々投げて来ないな。
今で5球連続ファール。
カット──狙ってファールを打って相手ピッチャーに球数多く投げさせている。
なんて言うと響きは良いが、実際は完全な振り遅れ。
こんなん打てるのか? 速すぎて引くわ。
「はぁ。やれやれ」
ボソリと小さい声で呟いてから、嫌らしく声を出した。
「リードが単調だわ。こりゃカットしやすい」
「……ッ」
舌打ちが聞こえたので相手に聞こえたことだろう。
イライラしてる、イライラしてる。
どうやら、俺がマジでカットしていると思ったのか、最後のボールはバットの手前でストーンと落ちた。
フォークボール。それもめちゃくちゃ速いフォークだった。
「ナイスピッチ!!」
言いながら田山はサードへボールを投げてボール回しを開始する。
マスクの奥の顔がしたり顔だった。
悔しいフリをしながらベンチに戻ると正吾がやって来る。
「最後のフォークか?」
「ああ。それも一級品のな」
「落札えぐかったな」
「でも、正吾なら打てるだろ?」
「ええ!? 打てるかな」
「俺がなんとか球種あばいたんだ。打たないと絶交な」
「し、しどい!」
『ストライク! バッターアウト!!』
ウチの1番バッターの坂村が三振に倒れて、3回表が終わる。
「さ、しまっていくぞぉ」
「え? ちょ、晃? まじで打たないと絶交なの?」
「しまっていこぉ」
「まじなやつ、なんか……」
未だ0対0。
結構、良い試合してるな。
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