第176話 本番で周りの状況が見えてる奴はほとんど絶好調
芳樹の学校はフルメンバーだった。
グラウンドにいる選手達の背番号は全員が1桁。そして、背番号通りのポジションに立っている。
甲子園常連校のエースナンバーからウチの学校の連中が打てるはずもなし。バットにかすりもしない。
てか、電光掲示板に155キロって見えたの冗談だよね? ドームの観客席がめちゃくちゃ沸いたぞ。そんなもん打てるかいな。
同い年の人が初回からそんな、バンバン飛ばすなんて、なんか、興奮するわ。
「全員に取って最後の夏。負ければ終わりのトーナメント。番狂せの可能性もある高校野球。相手がどんな学校でも容赦はしない。……光栄だな。こんな名も無い学校にレギュラーをぶつけてくるなんて」
「言ってる場合か」
4番を任された正吾が、ネクストバッターズサークルから戻り、急いでキャッチー道具を装着しながら言葉を発する。
「少しはナメてくれた方が楽だったろ」
「バカやろ。甲子園常連校だぞ。レギュラーだろうが、ベンチだろうが実力差はそんなに大差ねぇよ。去年の夏に大暴れした芳樹がベンチなんだぞ」
「言えてる」
「はい、ゴリラ論破」
いつも通りのノリに、正吾が嬉しそうに笑っている。
「辱めを受けた。あいつらも同じ目に合わせたい」
「よし。こんな弱小校にヒットも打てない甲子園常連校って恥じをかかせてやらぁ」
「頼んだぞ」
正吾は、ガシャガシャとキャッチー道具を鳴らして守備位置に着いた。
俺も、そろそろとマウンドに向かおうとしたところ
「守神くん」
白川に声をかけられて振り返ると、珍しくマジな瞳で俺を見つめてくる。
この子、こんな目もできるんだな、とか感心していると、その可愛らしい唇を震わせて胸の内を伝えてくる。
「約束、守ってよね」
それを聞いて、鼻を鳴らして余裕の笑みで返してやった。
「パーフェクトで勝ってやらぁ」
大きく出た言葉を残してマウンドへ向かった。
♢
久しぶりの試合のマウンド。公式戦のマウンド。夏のマウンド。
約2年半振りのマウンドが、プロ野球のホーム球場。
しかも、父さんも登板したことあるマウンドで、父さんが新人賞を獲った時のグローブってのも、なんだか感慨深いものがあるな。
パンパンとグローブを叩くと、よろしくと言わんばかりの乾いた音が小さく聞こえてきた。
こんな舞台に立てただけで随分と恵まれたと思ってしまうな。
自分の癖というか、ルーティンというか。
マウンドプレートを軽く手でなぞるように触り、周りを見渡す。
360°観客席に囲まれたドームの中心から、3塁側観客席に目をやる。
遠くの方に、ウチの学校の制服を着た生徒達が見えた。
意外と俺の学校の生徒が来てくれている。
せっかくの休日だってのに制服に着替えて、ここまで足を運んでくれたのかな。
こちらの応援なのか、それとも有名校を見られるからか。
どちらにせよ、ここまで来てくれてありがとうという気持ちが込み上がってくる。
高校野球のファンだと言っていた教頭もいるし、まさかのサッカー部の連中も見えた。
冬にあんなことになったのに、なんだかんだ気になる関係って感じなのかな。自分達の練習もあるだろうに、来てくれて感謝しかない。
そして、前の方には、この距離からでもわかる、銀髪の美少女が見えた。
目が合った気がして、軽くだけ手を振ると、あちらも気が付いたのか、手を大きく振り返してくれた。
彼女の行動に、周りに座っている人達が驚いた反応を示していたが、気にせずに彼女はこちらに手を振るのをやめない。
有希、変わったよな。
周りの目を気にしている
俺だってそうだ。
怪我をして、諦めていた夢。それを再度描けるようになった。
なにもかもが彼女のおかげ。大平有希のおかげでここに立てている。
恵まれ過ぎた環境、舞台。
これ以上はわがままかもしれない。
でも、こんだけわがままなら、もうちょっとだけわがまま言っても良いよな。
この試合、勝ちたいわ。
「……」
3塁側ランナーコーチには芳樹が立っていた。尻ポケットにコールドスプレーでも入れているのか、ただでさえパンパンの尻が、爆発寸前だぞ。
しかし、あんたも頑張ったな。
春には野球を辞めるとまで言っていた芳樹が、あそこから這い上がってベンチにまで戻ってるなんて、どれほどの努力か想像もつかないよ。
夏の高校野球にはドラマが詰まっている。
どっかの誰かが言っていたような気のするセリフを、今、実感している。
『プレイ!』
主審が1回の裏を告げる声がドームに響いた。
甲子園常連校の1番バッターへ、大きく振りかぶって投げた。
──三者連続三振。
「しゃあああ!!」
どうやら今日の俺の調子は絶好調らしい。
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