第175話 人って話しを聞かないものだから、つかみってめっちゃ大事
開会式を終えたドーム球場。
先程までは約170校、約150チームが開会式に参加していた。
開会式に来てくれた知事は、テレビで見たことのある人で、遠目ではわからなかったが、なんだか俺達を見て嬉しそうに演説をしてくれた。
『みなさん! いやー、あつい! 汗臭い! いえ、これね、褒め言葉で、それくらい青春して、部活に取り組んでいたことがこちらまで伝わってきますよ。我が県は、出場校数が多いです。この中からたった1校にのみ甲子園の道が許されます。みなさんの青春の汗臭さをここでぶつけて、我が県の代表として甲子園に行っていただきたい。この夏、最高の夏にしてください!』
いやはや、流石は知事だわ。
話しが上手い。
いや、なんというか、注目させるのが上手いよな。
基本的に人の話を人は聞かない。
それを利用して、話しの最初にパワーワードを持ってくる。この場合、汗臭いって言われて全員の注目を得た。
どう思うかは個人差があるだろうが、どう思われようが、彼は話しを聞いて欲しいので、まずは注目を集める。
所謂、掴みがしっかりとしていた。
いきなり出てきた知事に汗臭いなんて言われたら、将来ずっと忘れないほどのインパクトがある。
そんな開会式が終わって、ドーム球場にはあれほどの人がいたのに、グラウンドにはたった2校だけとなってしまった。
片や、人数ギリギリの弱小野球部。今しがた試合前のシートノック──守備練習を終えて、ベンチに戻って来た。
片や、甲子園常連校。全国制覇経験ありのプロ注目の超エリート校。
ドームの観客席にいる人達が全員そっち目当てで来ているのがバカでもわかる。
ほとんどの人が5回コールドと思っているだろう。
予選大会の公式戦のルール上、5回までに10点差、7回までに7点差じゃないとコールドゲームにならない。
ちなみに、甲子園ではコールドのルールがないので、どれほど点差があろうと9回まで続けることになる。
「芳樹のやつ、まさかベンチ入りしているとはな」
正吾が水を飲みながら、呟くように言って来る。
「だな」
その言葉を拾いながらも、ホームベースでマスク以外のキャッチャー道具を装備して、シートノックをしている芳樹を見る。
さっきは、話の流れで、ついついベンチかよってツッコミをしてしまったが、冬に怪我をして、メンバーを外されたのに、名門校で12番を着けれるようになるまでに復活したのは、彼の努力と才能の賜物なのだろう。
「ひぃぃ」
「むりむり」
「レベルが……うげっ」
ベンチで相手校の守備練習を見ているウチの部員達が弱気な声を出している。
確かに、下手をすると、プロ野球選手の守備練習よりも上の練習に見えなくもない。
守る人も、ノッカーも全員がリズム良く、効率よく、今日のグラウンドの地面の具合を確認するように練習している。
「みんな!」
ユニフォームを着た猫芝先生が弱気な声をかけた。
「これはしゃーないやつ!」
「ちょ! アラサー! やる前から諦めんな! あんた先生だろ!?」
「守神くん。あれ、あかんやつ。素人の先生でもわかるやつ。私、可愛いは作れるけど、勝利は作れないわ」
「潔いな、あんた」
ま、これほどまでにレベルの差を守備練習だけで魅せつけられたら、無理ってなるわな。
「みんな!」
次いでキャプテンの坂村が声を出した。てか、今日来てたんだな。影薄くて気がつかんかった。
「やる前から弱気になってどうする。ドーンと立ち向かって勝ってやろう!」
おおー。坂村なのに、なんかやたらかっこいいこと言ってる。
「な! 白川!」
あ、察し……。なるほどね。白川にかっこいいところ見せたかったのね。大丈夫。めっちゃかっこいいよ。
「坂村くん。それ、ゴリラだよ」
「ウホ」
坂村は緊張していて、なぜか白川と正吾を間違えて話しかけていた。これはマイナスポイントですね。
「なるほど。坂村にとって、俺と白川は同じ生命体ってことか」
「や、やめろー! わたしとゴリラを一緒にするな」
「しかしだな、キャプテン自らが証明したんだぞ」
坂村は帽子を深く被り、試合前なのに反省会をしていた。そして真っ白に燃え尽きた。あいつはもうだめだ。今日は使い物にならないだろう。
「うう……。これならモブって言われたほうがマシだよ……」
「モブ」
ご所望通りに言ってやると、白川に睨まれてしまう。
「ちょ! ストレートに言うな!」
「お。なんか今はいつも通りなツッコミだな」
ふと最近、白川が元気のない反応が多かったので、普段通りの声量に安心する。
「い、いや、今のは、ええっと……」
「ま、気楽にいこうや。野球なんて楽しんだもん勝ちだろ。いくら点数を取られても、最後に笑ってる奴が勝者だよ」
とかなんとか、負けた時の言い訳を言い残して、名門の芳樹のいるチームとの試合が始まった。
1回の表のウチの攻撃は、予想通りの三者連続三振で、完全に相手チームの流れとなった。
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