第174話 大会で中学の頃の友達を見かけたら話かけるけど、あの頃のような関係ではないので微妙な空気になる

 7月と聞くと、もうすっかりと夏を連想してしまう。


 サンサンと照らす太陽。雲1つもない青空の下、浜辺に立って海へとダイブ。


 涼しい山にでも出向き、川のせせらぎの音を聞いて涼むのもオツなもの。


 そんな夏を想像するのが7月だと俺は思うのだが、悲しいかな、7月初旬はまだ梅雨が明けていない。


 どんよりした灰色の空模様。なんとか雨は耐えているかのような空。


 夏の全国高校野球大会の予選大会の開会式が行われるドーム前には、ゾロゾロと沢山の高校球児やその関係者達が集まっている。


 俺達と同じような少人数の集まりもいれば、ガッチリとした体の大きな軍団みたいな集まりも見えたりする。


 現状、見えている限りで芳樹の学校は見当たらないな。


「芽衣。お前の兄貴の学校がいないぞ」


 芳樹の妹である芽衣へ絡むと、彼女もキョロキョロとショートカットを揺らして探し出した。


「本当だね。『今日は手加減よろしく』ってLOINしたら、『こちらこそお手柔らかに』って返信きたし、ちゃんと来てるとは思うけど」

「イヤらしいヤツだ」


 王者の余裕というか、なんというか。どんな顔をして言っているのか想像ができる。あ、ムカつくなあいつ。


「おい、晃。あれって、シニアの時に対戦した奴じゃねぇか?」


 ふと、正吾が隣に立って、体の大きな軍団の中から、なんだか見覚えのある顔を指差した。


「ほんとだ。うはぁ。体でかなってるなぁ」

「今ではプロ注だとよ」

「まじか」


 中学の頃に対戦した選手がプロ注目になっているなんて、なんだか感慨深い。それを言うと芳樹もなのだが、あいつの場合は近しい人間過ぎて嫉妬が勝っていたからな。それと引き換え、あの選手は見覚えがあるってだけだ。


 俺と正吾の視線に気が付いたのか、その選手と目が合うと、ペコリと頭を下げてくる。


 流石は強豪校の主軸選手。こんなどこの馬の骨ともわからん学校の選手に対しても、目が合うと挨拶をする。


 強い学校は挨拶がしっかりしてるもんなあ。


 俺達も軽くだけ、頭を下げてから、あまりジロジロと見るのも悪いので、くるりと回れ右をした時に白川と目が合った。


「ほんと、すみませんでした」

「なにが!?」


 白川に対して、最敬礼で頭を下げると、唐突な行動になんのこっちゃわからんとリアクションをされてしまう。


「はいはーい。芽衣はこっちにこーい」


 正吾がいきなり芽衣の首根っこを引っ張って、その場を去って行く。


「は!? なに!? いきなりなに!? てか、離せ! くそ正吾!」

「ガキの頃みたく、一緒にクソするか?」

「したことねぇわ! このスカトロやろー!」

「はっはっはっ。照れんなって」

「ちょ! 待てやー! まじでやってた空気出すなー!」


 2人の会話を聞いていたウチの野球部員が、「やってたんだ」と正吾の言葉を信じていた。


「待て待て待て! やってないですから! なんで当たり前のようにこいつを信用した!? こっちを信じろ!」


 芽衣は野球部員達へ、自分のスカトロの弁明に勤しんだ。正吾はそれを楽しそうな笑みで見守っていた。


 あのゴリラ、意外とSっ気あるよな。


 ま、あいつらのことはどうでもいい。


「イキって、勝たせてやるとか言ったのにこのくじ運! もう罵ってもらうしか道がない!」

「や! あっちの会話も中々の内容だけど、こっちはこっちで、いきなり過ぎて会話が迷子だよ!」

「罵ってくれ!」


 トントンと肩を叩かれて振り返ると、そこには恐ろしいくらいに美しい銀髪美少女が立っていた。


「バァカ」

「はふん♡」


 いきなり現れた恋人の有希の吐息混じりの罵倒が脳天を突き破って、最高の幸福度を示してくれる。


「琥珀さん。応援に来ましたよ」

「……あ、うん。最初からそのテンションで来てくれたら、『ゆきりん、ありがと』だったんだけど、なんかコアな恋人プレイ見せられた後だと、反応に困るし、ゆきりんの彼氏がへなへなになっちゃって、どう戻して良いかもわからない」

「あ、すみません。ほら、しゃんとしてください晃くん。今から試合なんですから」

「そ、そうだな。この試合に勝たないと約束が果たせないもんな」

「約束?」


 ぴくりと眉を動かした白川に対して、有希が慌てて言葉を放つ。


「や、約束はあっちじゃないですからね!」

「あっちって? あれ? 水着じゃなかったっけ?」

「はえ!? え、ええっと」

「あれあれー? 有希ちゃんはなにを想像したのかなー?」

「うう! バカバカ! 晃くんのばかー!」


 ポコポコと可愛らしく殴ってくる有希を笑いながら受け止めていると、白川が小さく、「そうだよね……。わたしだけじゃ……」なんて、ぶつぶつ言っているのが聞こえてきた。


 フルフルと首を振ってから切り替えるように作り笑いを見してくる。


「守神くん。ゆきりんとの約束のために勝たなきゃね!」


 そんな無理をしているような声に答えようとしたら、後ろから聞き慣れた爽やかな声が聞こえてくる。


『勝つって、僕らにかな?』


 そう言って俺達の輪に入って来たのは、岸原芳樹であった。


 春先に会った頃より、更に体が大きくなっており、野球部というよりかは、格闘家とかプロレスラーではないかと思ってしまう。


「や、久しぶり晃くん。それに、大平さん、白川さんもこんにちは」


 爽やかな挨拶に対して、一瞬、女子達の時が止まった。


「ど、どうもです」


 白川は去年の文化祭以来だというのに、名前を覚えていてもらってびっくりしている様子であった。


 ま、芳樹は名前を覚えるのが得意なもんで、大体の人は1度会ったら忘れない。


「岸原くん。今のは喧嘩を売っているということで良いのですか?」


 有希が爽やかな笑顔で言い返すと、芳樹が更に爽やかを加速させる。


「そんなことないよ。ただ、試合前に彼女とイチャイチャしている学校が僕達に勝つとか聞こえたからね」

「むっか……。イチャイチャしてたら勝てないと?」

「アスリートが試合前にイチャイチャしてるのはどうかと思うね」

「ふん! イチャイチャの良さを知らない人ですね! 晃くんが私とイチャイチャしてたら、いつもの100億倍は強くなるんですから!」


 おーい。あんた一応、学校では妖精女王ティターニアとして威厳を放ってるんだぞ。そんな幼稚な言葉を放ったら威厳もくそもないぞ。


「ね! 晃くん!」

「ああ! 有希とイチャイチャしてから試合でたら、100対0のコールドだわ!」


 乗るよね。そんな幼稚な妖精女王ティターニアの発言に乗っかるよね。


 そして、俺は有希と手を繋いで芳樹を指差した。


「「覚悟しろよ! 爽やかクソ野郎!」」


 俺と有希の声が重なると、「はっはっはっ!」と大笑いをする芳樹は膝を叩いて大ウケしている。


「こ、晃くん……キャラが……。あはは! うん。ごめん。そんな晃くんと対戦したかったけど、うん。あはは! 今日は良い試合にしよう」


 そう言って芳樹はくるりと回れ右をすると、去って行った。


 彼の背番号12を揺らして。


「おまっ! ベンチかよ!」

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