第173話 恥じらいえっちな有希ちゃんの姿は名前を付けて永久保存するです。はい。

「ウチのご主人様のくじ運がサイアクな件」

「出迎え2秒でご意見きっちぃ」


 家に帰るといつも通り、メイド服の有希が出迎えてくれる。


 白川にでも聞いたのだろうか、それとも猫芝先生か。


 どちらにせよ、既に彼女の耳にまで対戦相手が伝わっているみたい。


 玄関を開けた瞬間、見慣れた綺麗な顔にドキドキする間もなく、辛辣なご意見をいただいてしまう。


「はぁ。晃くんって幸が薄いというか、なんというか」


 厳しい言葉を放ちながらも、俺から鞄を受け取ろうとしてくれる。


 なんだか自分が偉そうな気分になるからやめるように言っているが、自分がやりたいから良いと聞かない。


 ここで言い争いになるくらいなら、素直に善意を受け取っておく。


「さっきも言ったが、逆にくじ運良いだろ」


 渡した鞄からお弁当箱を取り出してシンクに置くと、律儀にこちらを向いて首を傾げてくる。


「と、言いますと?」


 ワイシャツの第二ボタンまで外し、指を突っ込みながら風を送りつつ、彼女にその理由を説明する。


「大会初日の第一試合。開会式の後。開会式はプロ野球のホームグラウンドでもあるドーム球場だ。そんな大舞台での試合なんて夢のようだろ」

「へぇ。そうだったのですね。私は対戦相手しか聞いておりませんでしたので。有名なドームなんです?」

「そりゃな。アーティストとかアイドルとかも公演するし。冬にはスノボーとかスキーの大売り出しが開催されたりする」

「CMで見たことあるやつです」

「それそれー」


 パタパタと指で指で風を送っていると、どこから出したのか、うちわを持っていてこちらに風を送ってくれる。


「ふぃ。良い風―」

「そりゃ私が起こした風ですからね。有希印の風ですので」

「なんか心無し良い匂いするし」

「晃くん、それは流石になんて反応して良いかわからないです」

「褒め言葉なんだけど」

「それよりも」


 本当に反応に困っていたのだろう。無理矢理に話題を面舵いっぱいする。


「開会式の後だろうが、ドームだろうが、対戦相手は岸原くんの学校ですよね?」

「有希さんやい」

「なんです? 晃くん」


 俺は目をキリッとさせて言い放った。


「俺のドームでの成績は3戦3勝だ」

「今年の夏はいっぱい遊べますね♪」

「話聞いてた!?」


 このメイド。俺が負けると思ってやがる。


「だって、それって岸原くんと同じチームの時の話ですよね?」

「まぁ……」

「今回の相手は岸原くんの学校です。春先に、一級河川に飛び込む特大ホームラン打たれてませんでした?」

「ぐさっ」


 言葉のナイフで腹部をえぐられる。


 なにも言い返す言葉が思い浮かばないので、泣きそうな顔して反論してやる。


「メイドのくせにご主人様を信用してくれてない。つらたん」

「大好きですし、信用してますし、信頼できるご主人様ですし、愛してますし、大好きです」

「大好きから始まって大好きで終わる構文とか最高なんだけど」

「ですが、それとこれとは別問題です」


 淡々と真顔で言い放ってくる。


「相手は甲子園常連校。全国制覇を何度も経験している名門。野球が上手い人だけを集めた強豪。そんな相手に1勝もしたことがない弱小野球部。いくら、中学生の頃に活躍していた晃くんと近衛くんがいたとしても、高校3年間を費やした彼等にドームでの勝率がどうこうは通用しないのでは?」

「うう……。わかってるもん。わかってるもん。俺のくじ運が悪いのなんてわかってるもん。負けるのもわかってるもん」


 正論でグーでボコボコにされてしまい、もう精神的にズタボロになっていた。


 わかっていたさ。くじ引いた時に1番、血の気が引いたのは俺だわ。引いた瞬間、オワター!! プギャアアアアア! だったわ。


 でも、そんな現実を受け入れなれなくて強がっただけだもん。もう無理ってわかってるけど強がるしかないもん。


「うう……。まだ梅雨も明けてないのに、夏がオワタ……。もう、やめたい」


 体育座りで膝に顔を埋めると、頭の上に手の感触があった。


 それが俺の髪の毛を手ぐしでほぐすように滑らかに動く。


「すみません。ちょっと意地悪を言い過ぎてしまいましたね」


 優しい口調の彼女は小さく語り出す。


「晃くんが野球をしてる姿をベンチで見れず、スタンドで見ることになると思うと少し拗ねてしまいました。あんな意地悪を言ってしまい、ごめんなさい」


 別に謝ることでもないのだが、撫でてもらっている手が気持ちが良い。


 しばらくこのままでいることにしよう。


「私もベンチで晃くんの活躍を見たかっただけです。ただ拗ねてただけで、晃くんには活躍して欲しいですし、カッコよく勝って欲しいと思っていますよ。ですから顔を上げて。ね?」

「……勝ったらなにしてくれる?」

「え?」


 唐突に顔を上げたものだから、吐息がかかるくらいに有希との距離が近いことに気が付かなかった。


 彼女は慌てて少しばかりの距離を取り、「えと、ええっと」と少し動揺している様子だった。


「勝ったらご褒美、くれる?」

 

 正論でグーで殴られたから、それくらいはあっても良いと思い、再度、念を押して聞いてやる。


 有希は少々のシンキングタイムの後に、指を唇に持っていき首を傾げる。


「キス……とか?」

「……それは勝っても負けてもしてくれよ」

「それもそうですね」


 あ、普通に頷くんだ。予想してなかった。


 改めて彼女は考え込む彼女。


 唐突に顔を真っ赤にして視線を逸らす。


「えっち……とか?」

「……ぶふっ!」


 予想を遥かに超える回答に吹き出してしまった。


「そ、そそそ、それは! 有希さん!?」

「だ、だだだ、だって、だって! それくらい強い相手ですし! それ相応かなとも……」


言葉の途中で、沸き上がったやかんみたく頭から煙を出して慌て出す。


「今のなし! 今のなしです! えっちとかダメ! まだダメ! ダメです! 忘れてください!」

「いや、今の恥じらい有希ちゃんは脳裏にばっちり記録されておりますです。はい」

「うう。わすれろー」


 ぽこぽこと叩かれてしまうが、あの絵面が神絵面過ぎて無理。名前を付けて永久保存だ。


 有希ちゃん、えっちを誘ってくる。


 とかの題名で、時折思い返してはニヤニヤするとしよう。


「好きな水着!」

「へ?」


 唐突な有希の言葉になんのこっちゃわからんので間抜けな声が出た。


「今度、海なりプールなり行く時に晃くんの好きな水着を着てあげます!」

「過激なのでも?」

「しゃらあ! 持ってけドロボー! なんでも着てあげますよ! こんちくしょー!」


 有希がバグってしまい、キャラ崩壊が起こってしまう。


 うん。そんなことよりも、さっきの恥じらい、えっち誘惑有希ちゃんのが強烈で、過激な水着とかどうでも良い。


「もおお! 今、思い返してるでしょ!? さっきの思い返してるでしょー!」

「エスパーかよ」


 有希が再び、ぽこぽこと殴ってくるが、この件を3回やったら、めちゃくちゃ怒られたので、しばらく封印することにした。

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