第165話 掃除はみんなの仕事。雨に濡れるのは男の仕事

「これじゃ、先生が出張じゃなくても部活はできなかったな」


 午前中は晴れていたが、午後から急に雲行きが怪しくなって、帰りのホームルームの時にはすっかり雨が降り出していた。


 我が校は置き傘禁止。置き傘をすると、『取られた』だのなんだのとトラブルが続いたみたいだ。


 よって我が校には傘立てというのが存在しない。それぞれ水をしっかりと切ってから自分の席のフックにかけるように指示されている。


 今日は予報外れの雨。置き傘禁止の我が校の生徒達は教室内から阿鼻叫喚が渦巻く中、帰宅部組は校内で待機を余儀なくされていた。


 それでも一部の勇者達は勇敢にも学校を出て行ったりしてたのを見た。


 水属性で雨でも吸収できるのか、それとも体が濡れても風邪を引かない強靭な肉体なのか。


 俺はというと水属性でも強靭な肉体も持ち合わせていないため、前々から蒔いていた種を刈り取りに行くことにする。


 置き傘禁止の穴を潜ったナイスな作戦。部室に置き傘という荒技だ。


 部室に置き傘禁止とはなっていないのだよ。そのため、万一のことを考えて俺は部室に傘を仕込ませておいたのだ。


 ふふ。頭が良すぎて身震いしちまうぜ。


 そんな訳で部室のドアをドヤ顔で開ける。


「あれ、白川?」


 部室には白川琥珀が掃除をしているところだった。


 俺と目が合うと段々と顔を赤らめていく。


「きゃあああ!」

「いやいやいや。いやいやいやいや」


 ぶんぶんと手を振って今の状況を確認する。


「なんで着替えを覗いた感じになってんだよ。ガッツリ服着てるだろうが」

「み、見ないで……」


 なぜか腕で胸を隠すポーズを取る。


「俺みたいな奴には見られたくもないってことですかい」

「い、いや、そういうわけじゃないんだけど……」


 白川は視線を合わせずに、違う所を見ながら聞いてくる。


「てか今日部活休みだよ。どうかしたの?」

「んー。これこれー」


 部室にある置き傘を見せてやる。チラッとだけそれを見て、すぐに視線を逸らした。


「ウチの学校は置き傘禁止だよ」

「部室に置くなとは言われてないぞ」

「屁理屈だ」

「まぁまぁ。かたいこと言うなよ。置き傘の1本や2本」


 笑いながら言うと、彼女の着ているTシャツに目がいった。


「やっぱ似合ってるな。それ」


 彼女が着ているのは、2月に有希の誕生日プレゼントを一緒に探してくれていた時、似合うと褒めるとネタで買った太陽の絵が描かれたTシャツだ。


 褒めると再度腕で胸を隠すようなポーズを取る。


「べ、別に守神くんに似合ってるって言われたから着たわけじゃないよ」

「わかってるっての。掃除の時に汚れても良いようの服だろ?」

「そういう、わけでも、ない、というか……」


 先程から彼女には珍しく、視線を合わせてこないし、ゴニョゴニョと声も小さい。


 いつも明るく元気な子だってそういう日はあるだろう。今日雨で憂鬱だし。


 ふと周りを見渡すと部室は散らかっている。小汚いという表現が正しいだろう。昔の自分の部屋を見ている気分だ。


 俺は鞄を適当なパイプ椅子に置いて彼女の手伝いをしようと試みる。


「帰らない、の?」

「掃除手伝おうと思って」

「い、いいよ、いいよ。今日は部活休みなんだし。掃除はマネージャーの仕事だし」

「掃除は野球部の仕事の間違いだろ。俺も白川も野球部なんだから一緒にやるのが筋ってもんだ」


 彼女の遠慮を否定して散らかっている部室の掃除を始める。


 白川は、納得いっていないような目でチラチラとこちらに視線を向けていた。


「……そういうところ直した方が良いよ」


 ボソッと聞こえてきた声に考え直す。


「もしかして、自分なりのやり方があって、俺って邪魔してる感じ?」


 有希も俺の部屋を掃除してくれる時は、『絶対に手を出さないでください』と釘を刺してくるくらいだ。掃除のやり方は十人十色。それぞれやり方がある。


「や、ち、違う。違うから。そうじゃないよ」

「じゃ、手伝って良いよな」

「……勝手にどうぞ」

「そ。じゃ手伝う」


 白川の許可がおりたので俺は白川と部室の掃除に勤しんだ。







 そこまで大きくない部室内。散らかっていたものを整理整頓し、床を軽く掃除してやるだけで物凄く綺麗になった。


「めっちゃ綺麗になったな」

「そだねー。2人でやったら早く終わったし」


 お互い顔が合ったので、ハイタッチの要領で手を差し出す。


「いえー」


 白川はなんだか迷っている様子だったが、吹っ切れた様子で思いっきりグーで殴ってくる。


 パチンと良い音が響いた。


「ハイタッチで思いっきりグーパンしてくる系女子なんて初めて見たわ」

「彼女持ちなのに他の女の子の手に触れようとした罰だよ」

「でも、結局触れたけど?」

「また屁理屈だ」


 怒った口調で白川は腕を組み、注意してくる。


「あんなに可愛い彼女がいるのに、こんなどこの馬の骨かもわからない女に優しくしちゃダメだよ」

「白川はどこの馬の骨かもわからない女じゃなくて、仲間だろ」

「……そういうところだって言ってんのに。鈍感……」

「おいおい。俺が鈍感なら、あんなに可愛い彼女ができてなかったぞ」

「いやいや。守神くんが鈍感過ぎるから付き合うのに時間かかりまくったんでしょ。普通の人ならすぐに付き合ってるっての」

「俺って鈍感ってこと?」

「さっきからそう言ってんだけど」

「……まじかぁ」


 鈍感系主人公なんて流行らないと思っていたが、まさか自分がその立場だなんてな。想像もしてなかった。くっ……。


自分が鈍感だなんていうことを受け入れられずに、部室の窓の外を見る。雨は止むところが、更に強くなっている気がした。


「はぁ。部室の掃除して時間潰そうと思ってたけど、覚悟を決めてダッシュで帰るしかないかぁ」


 窓の外を眺めながら白川が呟くので俺の傘を彼女へと渡す。


「ほら」

「え?」

「貸し1な。今度の部活終わりジュース奢りで」

「い、いやいや……」

「あはは。冗談だっての」


 笑いながら部室のドアを開けて出て行く。


「ダッシュで帰るのは男の仕事。女の子が体冷やしちゃダメだろ。大丈夫。俺は水属性の強靭な肉体を持っている勇者様だからな」


 そう言い残して俺は部室を出て行った。

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