第166話 真の紳士よりも真のご主人様の方がお好みです
「ダッシュで帰るのは男の仕事とは言ったものの、冷静に考えたら有希に怒られるんだな、これが」
いや、別に怒られるわけではない。比喩表現というか、なんというか。
制服を濡らして帰ったら、有希が率先して洗濯してくれるだろう。
「しょうがないですね。今度から気をつけてください」とだけ言われて、テキパキと処理してくれるだろう。
だからといって、敢えて濡れて帰るのも違う。
よって導き出された答えは、もう少し雨宿りしていこうということで、学校の玄関で止みそうにない雨を見つめていた。
これで白川と合致してしまったら目も当てられない程にださいな。
「あれ? 晃くんじゃないですか」
唐突に後ろから声をかけられて、反射的にビクッとしてしまう。
肩を若干震わせて振り返ると、そこには絶世の美女である大平有希が立っていた。
「きゃあああ!」
先程の白川とのやり取りを思い出して、胸元を腕で隠して悲鳴をあげてみる。
「いやいやいや。いやいやいやいや」
有希は手をブンブンと振って呆れた顔をしている。
「色々と意味不明です」
「そんな意味不明な晃くんのことが?」
「好きな自分も意味不明です」
「「いえー」」
パチンと軽くハイタッチを交わす。
こんな意味不明なノリでも乗ってくれる有希は、俺には勿体ないくらいの彼女であることを再認識させられる。
「てか、好きな理由が意味不明ってのも傷つくな」
「あ、いえ。今のは流れというか」
「わかってる、わかってる」
「色々と意味不明な状況ですが、晃くんも傘を忘れて今まで教室で待機していた口ですか?」
「んぁ。あー……」
彼女の質問に答えようとして歯切りの悪い吐息が出てしまう。
「どうやら違うようですね」
「なんでわかったん?」
「どれくらいの時間を共に共有していると思っているのですか。まだお付き合いして1年も経っていないですが、そこらのカップルよりも多くの時間を過ごしています。晃くんのことくらいお見通しです」
「あんた、メイドより探偵になった方が良いんじゃない?」
すっと決めポーズなんか決めちゃって。
「メイド探偵ゆきりん」
きらーん、なんて効果音が聞こえた気がした。
「ふっ。悪くありませんね」
どうやらお気に召したようだ。
「晃くん。話を逸らしても無駄ですよ」
「話を逸らしたのはメイド探偵の様な気がするが」
「それで? 部活が休みな晃くんがこんな中途半端な時間にいる理由はなんですか? ネタは上がっていますよ」
まるで事情聴取をするように問い詰めてくる。ネタは上がってはないが、まぁ細かいところは良いだろ。
隠すことでもなし、彼女へ先程までのことを伝える。
「部室に置き傘してたから取りに行ったら、白川が部室の掃除してたんで一緒に掃除してたんだよ」
「ほぅ」
眉をピクリを上げて怪しむ顔で迫ってくる。
「2人っきりで?」
「いや、聞き方よ」
「近衛くんも坂村くんもおらず、琥珀さんと2人っきりで?」
「まぁ言い方はあれだけど……。って、近い近い」
有希の綺麗な顔がキスできる距離まで近づいてきており慌ててしまう。
「何を今更慌てているのですか?」
「いや、そりゃ好きな人の顔が間近にあったら焦るだろ。ここ学校だし」
「これ以上の距離も経験済みでしょ」
「経験済みだけども」
「……まさか」
メイド探偵はなにかに気がついたのか、はっと声を上げると、おそるおそる聞いてくる。
「琥珀さんと浮気……?」
「ないな。あり得ない」
「どうだか。琥珀さんと2人でジェットコースターに乗るくらいですからね。琥珀さんと2人っきりになるのを口実に掃除という名のなにかしらをしていてもおかしくありません」
からかいの中で少し拗ねた声が混じったような態度を示してくる。
「いやいや。たまたま部室に行ったら1人で掃除してたんだ。同じ部活なんだから手伝うのが普通だろ。有希だって生徒会の男子が1人で生徒会室掃除してたら手伝うだろ?」
「そりゃ、まぁ……」
「それと同じ」
「むむむ……」
なんだか有希を論破した形になってしまう。珍しく口で負けたのが悔しいのか、有希が俺の服の袖を掴んでくる。
「そうですけど、そうなんですけどぉ」
駄々っ子みたく、ブンブンと袖を振ってくる。
「私だって、たまたま晃くんと会って、たまたまなにかしたいですー」
「よし。じゃ、たまたま会ったし、バカップルらしく相合傘して帰ろうぜ」
「あ、今がまさにその時なのですね! きゃ、運命」
有希は持っていた赤い傘をさした。
「さぁ晃くん。私達の赤い糸を示す赤い傘の下に来てください」
「前々からだけど、最近更にキャラが壊れてきてるぞ。疲れてるのか?」
聞くと有希は、ボソリとつぶやいた。
「……球技大会に体育祭を被せてくる我が校なんて、嫌いです」
「割とガチで疲れておいでらっしゃる」
なにか労いの言葉でもかけようかと思ったが、薄っぺらい言葉なんかよりも、今、彼女と相合傘をしてあげるだけの方がためになると思い、黙って傘を受け取って中に入る。
すると、ピタッと嬉しそうに肩を引っ付けて歩いてくれる。
何回か有希とした相合傘。彼女との0距離はいつまでも慣れないみたいで、心臓がドキドキする。
「そういえば晃くん。相合傘をしておいてなんですが、傘は?」
「白川に貸した」
「なるほど。だから晃くんは手ぶらで玄関にいたのですね」
「そゆこと」
端的に答えると、ちょっぴり複雑な顔をして有希が言いにくそうに言ってくる。
「琥珀さんのことは大好きです。ですので、困っていたら助けてあげたい。晃くんも私と同じ気持ちなのは嬉しいこと。でも──」
彼女はどこか不安そうな面持ちであった。
「晃くんが他の女の子に優しくするのは……やっぱり複雑な気持ちです」
彼女の不安気な言葉と共に、白川の言葉が脳裏をよぎる。
『あんなに可愛い彼女がいるのに、こんなどこの馬の骨かもわからない女に優しくしちゃダメだよ』
『……そういうところだって言ってんのに。鈍感……』
白川は俺にとっても有希にとっても仲の良い友人で、そんな友人が困っていたから傘を貸した。それは善意で他意はない。
でも、善意というのが全て正解というわけではない。1番大切な人を傷つけるパターンだってある。
「でもでも、でもですね。そこで琥珀さんに傘を貸さない晃くんは嫌です。琥珀さんが困っていたのに助けないのは論外です」
「難しすぎない?」
「乙女心というのは難しいものです。その乙女心を受け止めることができるのが真の紳士でしょう」
「真の紳士か」
なにが正解かわからないが、有希へ肩を回して、ギュッと自分の方へと寄せた。
0距離だった距離は密着へと変わる。
「こんなことしか思い付かないな」
「乱暴ですので紳士とは程遠いですね」
「難しいな」
「ですが、メイド的にはご主人様に乱暴にされて嬉しく思うかもです」
「……そっか」
「こ、今回はこれで許してあげましょう」
「でも歩きにくくない?」
「そもそも相合傘が歩き難いので変わりませんよ」
「それもそうだな」
更に彼女を引き寄せて強く降り注ぐ雨の中を共に帰って行った。
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