第164話 鞄で熟成されたバナナを見て逃げる美少女
夢の国に行った後のあのなんとも言えない気分。憂鬱というか、喪失感というか。夢から現実に引き戻されたというべきか。
そんな感情になるのも、夢の国が楽しかった証拠。だから多くのリピーターが存在するのだろう。
思い出としたら袋と向かい合っていた自分しかいなかったような気がするけど……おっと。それはそれで美少女に介抱してもらったから良い思い出だろう。
6月にもなると朝の教室内はすっかり衣替えが完了していた。気の早い奴なんかは既に衣替えしていた気がするが、本日で完全なる夏服への意向となる。
1年振りに袖を通す夏服。なんの感情もわかない。だってブレザー脱いだだけだし。男にとっては何の意味もなさないが、女子となれば話は別である。
有希の夏服めっちゃ可愛かったよなぁ。
あの透き通るような肌が夏服から伸びてさ。
あの姿で海辺なんか走ったらめっちゃ絵になるよな。SNSなんかに投稿したもんならバズって神インフルエンサーになっちまうよ。末恐ろしいよ。
「守、神?」
「今彼女と夏服デートの妄想してんだよ。男子はお呼びじゃねぇんだ。消えてろ」
「酷くないか……」
「おっと。悪い。つい」
自分の席で有希と浜辺デートしている妄想中で、タイミングの悪い時に声をかけてくるもんだから正吾かと思ったので、ついつい奴との絡みをしてしまった。
俺に声をかけてきたのは野球部キャプテンの坂村だ。
「こ、こちらこそ、ごめん」
慌てて謝ってくる彼に対して、「どうかした?」と聞くと本題に入る。
「この間はありがとう」
「あー」
この間というのはもしかしなくてもダブルデートの件だろう。
「なんの役にも立てなかったけど」
「そ、そんなことはないよ。なんだかんだで一緒に回れたし」
「そうなん。回復したんだ」
彼は少し嬉しそうな顔をしてちょっぴり語ってくれる。
「2人が出て行った後、気分が戻ったら白川が、『せっかくだし、一緒に回ろ』って言ってくれて」
「それで、告った?」
その質問に対しては表情を曇らせる。
「流石に気絶した後に告るのは……ちょっと……」
「だよなぁ」
それでOKをもらえるなら相当な変わり者だ。白川は良い意味で普通の女の子だからな。
「最近俺の影が薄い件」
坂村と喋ってるとガタイの良いゴリラ系のイケメンである正吾が拗ねた顔をしてやって来る。
「急にやって来てなにを拗ねとるんだ貴様は」
「だってよぉ! だってよー!!」
「ええい! 駄々っ子みたいな声を出しながら机をドンドンするな。ドンキ◯コングか!」
「あ! ほら! さっそく夢の国の新エリアネタをぶっ込んできた! 俺行ってないのに! 俺行ってないのにー!!」
「わかった。わかったから。これやるから大人しくしてろ」
鞄の中からバナナを取り出して放り投げる。
「ウッホー。これこれー! 晃の中で熟成されたバナナが1番うまい!」
「近衛……イケメンなのに扱いが……」
俺と正吾の絆の深さに坂村がドン引きしていた。
「あ、坂村くん」
ふと横から白川の声が聞こえてきて坂村が少し嬉しそうに反応する。
「白川。ど、どうかした?」
この前一緒に夢の国を回ったから意識してるんだろうな。声が浮ついている。
「うん。今日の放課後、猫芝先生が出張になったから部活休みだって」
「そ、そっか。わかった。みんなにも連絡しとく」
「ん。もっふ。なんで猫芝先生が出張だと部活が休みなんだ?」
正吾が気になる点を代表して聞いてくれたので彼女の説明に耳を貸した。
「部活は原則顧問がいないとできないことになってるんだよ。練習を見に来なくても学校にいる状態なら良いんだけど、完全に学校にいなかったらダメみたい」
責任者がいないことにはなにもできないってことみたいだな。大会が近いとか、部員のやる気とかは関係ないってことか。
先生も別に嫌がらせで出張に行くわけではないだろうから仕方ない。
これが強豪校とかなら、別途コーチやらなんやらがいるから部活が休みってことにはならないんだろうな。
「まじかー。ん。もっふ」
「なんで近衛くんはさっきからバナナ食べてるの?」
「晃がくれたんだ。良いだろー。ん。もっふ」
俺の名前が出た瞬間に白川がチラリと俺を見たが、すぐに視線を逸らして坂村に言ってのける。
「と、というわけでー! 坂村くんよろー! アデュー!」
なんだか慌てて廊下に出ていくと、ガンっとドアにぶつかった。
『あでっ!』
『白川さん大丈夫?』
『だ、だいじょぶー!』
相当慌てて出て行ったが……大丈夫か、あいつ。
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