第163話 彼女への言い訳は嘘、偽りなく誠心誠意を込めて

「思わぬ形で作戦通りに事が運びましたが……」


 入り口ゲート付近に設けられた医務室から出る。


 まだ陽は高いので、この時間からも入り口からは沢山の人が夢の国へと来場しているのが見えた。


 そんな中で有希が少し拗ねたような口調でポツリと呟く。


「なんとも言えない気分です」


 彼女の顔を覗くように見てみる。


「……怒ってる?」

「別に」


 なんだか冷たい態度は最初に出会った時のことを思い出す。


「そりゃ、スマホを持ってきていない私が悪いんです。ええ。連絡も取れない私が悪いんですよ」


 これは怒ってるな。口調に凄く棘がある。ここは下から出るしかないだろう。


「有希を待たせ過ぎてごめん。坂村の面倒看ててくれてありがとな」


 とりあえず思い付いた怒ってる理由を予測して謝ってみるが、睨まれてしまう。どうやら外したみたい。


「愛し合う2人でも、いきなり消えたのに医務室なんて当てられるはずないでしょ」

「お、仰る通りです……」


 待たせ過ぎて怒ってる訳ではない。


「ジェットコースターから降りる時も手を繋いでおけば良かったな。ごめん。次は手を離さないから」


 逸れたところで自分に非があることを謝る。


 気持ち悪かったから、なんて言い訳だ。


 男なら気分が悪くても惚れた女の子の手を離すな。そのことだと思ったが、睨みが強くなる。


「私が本気でそんなことをグチグチ言うタイプ、だとでも?」

「有希ちゃんはそんなこと言いません」

「ふん」


 ちゃん付けも通じないなんてな。若干口元が緩んだ気がするが、気のせいだろう。


 さて、この妖精はなにをこんなにも怒っているのだろうか。他に思い当たる節が……。


「医務室に来る間、なにしてたんです?」

「……なるほど」


 有希が怒っている理由がわかってしまう。


 少しの時間といえど、他の女の子と2人きり、それも自分と仲の良い女の子だなんて複雑な気持ちだろう。


 ここは嘘で固めるなんて阿呆なことをするより、素直に自分の取った行動を話した方が良い。それで怒られたら、有希が許してくれるまで謝るだけだ。


「2人と連絡つかないから、ちょっとだけ白川とジェットコースター乗ってた」

「ほぅ」

「いっ、つっ!」


 有希が足をガシッと踏んでくる。痛いんだけど、ある業界の方々ならご褒美と捉えるかもしれない。


「私という彼女がいながら他の女の子と、2人っきりで、ジェットコースターに乗った、と?」


 詰め方が非常に怖い。初期の頃の有希のキレてるバージョンみたいな感じがめっちゃ怖い。


「有希がその場にいたら、自分のことは気にせずに楽しんでって言ってくれると思ったから」

「むぅぅ!」

「あうっ!」


 思いっきり踏まれて涙目になる。でも、ちょっとだけ良いと思った俺はある業界の才能でもあるのかもしれない。


「……ずるい。ずるいずるい。晃くんずるい!」


 腕を組んで心底怒った声で訴えてくる。


「あー! そうですよ! 私がその場にいたらそう言っていたでしょうね!」


 彼女には珍しく、癇癪を起こす幼子のように感情的に言葉をぶつけてくる。


「私の性格把握しててずるい! 私がそう言うって知っててずるい!」

「有希のこと大好きだからな」

「……そういうところがずるいって言ってるんです」


 キッ、と上目遣いで睨んでくる様子を可愛いと思ってしまうのはやっぱり俺が彼女を好きだからなのだろうか。


「私が坂村くんと2人っきりだったの、どう思ってたんです?」

「有希が俺以外の男と故意的に一緒になることは絶対にないから、なんの心配もしてない」

「そんなに私を信用して良いのですか? もしかしたら心変わりして他の男の子を好きになるかも知れませんよ?」

「え? ちょ、他の男を好きになる可能性があるのか?」


 こちらの不安的な雰囲気を悟った有希は、どこか勝ち誇った顔を作り上げる。


「さぁ。他の女の子と一緒にジェットコースターに乗るような男の子なら、他の男の子を好きになる可能性もあるかもです。その時にあなたはどうなさるつもりです?」

「考えただけでも死にたくなるな……」


 想像したら地獄のような状況だけど、そんな時の答えは決まってる。


「その時は男を磨いて有希を奪い返しに行くよ」

「……やっぱり晃くんずるい。私の欲しい言葉をすぐに言ってきて、もう、ほんと……ずるいですよ」


 怒った声がグラデーションのように拗ねた声へと逆戻りしていく。そして有希が俺の腕にしがみついてくる。


「その言葉に嘘、偽りはありませんか?」

「ない」

「なら、よし」


 そう言ってボソリと漏らす。


「……嘘ついたら絶対許さないから」


 強く言うと同時に強く腕を握ってくる。


「あー! 晃くん、私もジェットコースター乗りたいです。叫びたい」

「お、おおん」

「私が満足するまで無限ループですので」

「袋の準備は?」

「ここに」

「流石俺のメイド様。ご主人様をゲボまみれにする準備万端のメイドの鑑だぜ」

「ほら、行きますよ。私が満足するまで許さないんですからね」


 その発言を笑顔でする辺りに彼女のSっ気が見られる。そんな彼女が好きな俺はやっぱり帽子のマーク通りにMなのかもしれないな。


 その後、俺がグロッキー状態となって、いつも通りに有希のお世話になったのは言うまでもない。


 こちらは死にかけなのに、有希の奴嬉しそうな顔をして介抱してくれてた。


 やっぱあいつドSだわ。

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