第162話 乗り物酔いには色々と対策があるけど、やっぱ水って万能だと個人的には思う

「あ、うん。もぅ、だめ、許して……」


 ぜぇ、はぁ、と世界が回りながら、なんとか自分の今の気持ちを白川に伝える。


 ぐでぇとベンチに腰深く腰掛けて、今にも溶けそうなところへ、ピタッと頬に冷たいなにかが当たる。


「ちめたっ!」

「あはは! 守神くんってそんな反応もするんだねー」


 どうやら白川が俺の頬へ水の入ったペットボトルを当ててきたみたいだ。


 幼子を見るような目は、なんだかバカにされた気がして釈然としないが、気を利かせて飲み物を買ってきてくれたのだろう。ありがたく頂戴するとしよう。


「ども……」


 彼女から飲み物を受け取ると、ゴクゴクと勢い良く飲んだ。すると、胃の中の物が逆流してきる感覚に陥る。


「白川……。吐きそう……」

「え!? 嘘!?」

「……まじ」


 こちらの緊急事態に、白川はアタフタとしながら辺りを見渡す。しかし、その行動で解決できる案件ではなかった。


「だ、大丈夫!? 戻すならここに吐いて良いから! ね!?」


 彼女は俺が先程冗談でいった服に戻すという行為を本当に取ってくれる。服を軽くだけめくって受け止めようとしてくれた。


 そんな彼女の善意に甘えるわけにはいかない。なんとか我慢しようとして、軽く水を飲んで頑張って整える。


「……はぁ……。いや、耐えたわ。うん」

「ほんとに? 無理してない?」

「してない。大丈夫」

「それなら良かった」


 彼女は摘んでいた服を離して安堵した顔をする。


「ご、ごめんね。絶叫系苦手なのに付き合ってもらって」

「いや、全然、だいじょぶ……」


 深呼吸をしてなんとか体調を整えてから彼女を見る。するとガッツリと目が合ってしまう。


 白川は慌てて目を逸らした。


「ぜ、全然大丈夫そうじゃないけど」

「いつでも吐けるって思ったらマシになったわ。ありがと」

「あ、あれは最終手段だからね!」

「最終手段でもなんでも、安心感があるのはありがたい」


 水を1口飲む。さっきは勢い良く飲んだのがダメだったんだ。乗り物酔いした時はゆっくりと水分補給が大事だね。


「白川は酔っ払ったら介抱してくれるタイプだな」

「損な役回りだ」

「幸のあるタイプには見えないからな」

「うっさい」


 バスっと肩を叩かれる。


「うっ!」

「あ、やばっ。ごめん」

「うっそー」

「……くたばれー!」

「おいおい。俺がくたばったらゆきりんが泣くぞ」

「わたしの前でくたばって、ゆきりんの前で蘇生しろー!」

「すっげー無茶振り」


 バスバスと乗り物酔いしている奴に容赦ない攻撃が繰り広げられる。その最中、ふと攻撃をやめて白川がポケットよりスマホを取り出した。


「あ、坂村くんからだ」


 ようやくと電話に気が付いたのだろうか。坂村から連絡がやってきたので白川が電話に出た。


「もしもし……。あれ? ゆきりん?」

「一緒だったか」


 白川はその後も、うん、とか、そうだったんだ、と相槌を打ちながら相手の話を聞く。最後に、「すぐに行くよ」とだけ言い残して電話を切った。


 スマホをポケットに戻しながらこちらに内容を伝えてくれる。


「坂村くん。ジェットコースターで気絶したんだって」

「俺より重症じゃねぇかよ」

「それで、スタッフの人が医務室まで運んでくれて、ゆきりんは付き添いだったみたい」

「あー。なるほどな」


 坂村は気絶して電話に出れない。有希はスマホを持ってきてない。


 そりゃ連絡つかないわな。


「医務室は入り口の方にあるんだって。行こう」

「だな」


 俺と白川は気持ち急足で医務室へと歩いていった。







 スタッフの人に事情を話して医務室へと入ると、病院の大部屋みたいな部屋に通される。


 カーテンがかかっているベッドがあったので開けてみると、パイプ椅子に座っている有希と、ベッドに横になっている坂村が見えた。


「晃くん。琥珀さん」


 俺達の存在に気がつくと立ち上がる有希へ坂村の状態を聞く。


「坂村は大丈夫なのか?」


 その質問に対して、ベッドで横になっている坂村が答えてくれる。


「悪い、守神、白川。迷惑かけて……。俺は休んだら良くなったから大丈夫だよ」

「そりゃ良かった」


 白川も少し安堵の息を吐いている。


「大平もごめんな」

「いえいえ。私がみなさんの意見を聞かずに絶叫マシンに乗りたいと言ってしまったので。すみません」

「そんなことはないよ。長いこといてくれてありがとう」


 坂村が有希に礼を言うと、「はいはい」と呆れた様子で白川が坂村へ声をかける。


「ゆきりんに看てもらってよかったねー。こんな美少女に看てもらうなんて今後ないかもねー」

「白川……」

「残念だけど、今からは見慣れた顔の野球部マネージャーが看てあげるから」


 それは坂村にとっては嬉しいことであることを白川だけが知らない。


「というわけで、このひ弱なキャプテンはマネージャーであるわたしが責任を持って看ておきます。だから2人はデートの続きして」

「ですが……」


 バツが悪そうな顔をしている有希に対して白川が有希の手を握った。


「ごめんね。ゆきりん……ごめん。2人の邪魔しちゃって」

「邪魔なんて。そんなことはありませんよ。先程も言いましたが、私が……」


 白川は顔を伏せていた。有希の言葉が入っていないみたいだ。


「邪魔しないから。わたし、邪魔しないからね」

「琥珀さん……?」


 様子のおかしい白川に対して首を捻る有希。それに気が付いた白川が無理に明るく言ってのける。


「ここは任せて先に行けー」


 そう言った後、彼女は坂村へ聞いた。


「良いよね。坂村くん」

「あ、ああ……」


 俺と有希がここにいるのは坂村のためにもならないだろう。


 結果オーライな事態に臨機応変に対応しよう。


「白川に任せよう有希。な」

「……はい。そうですね」


 有希も今の事態が、そもそも今日の目的であることを察して返事をすると、頭を下げる。


「琥珀さん。すみませんが坂村くんをお願いします」

「任しといて。ほら、行った、行ったー!」


 ビシッと親指を立てながら、医務室には似合わないひたすらに明るい声を聞いて、俺は有希と共に医務室を後にした。

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