第159話 俺ができるのは楽しませることだけだから

 壮大なBGMは気分を高揚としてくれる。どこか海外みたいな曲が耳の中に入ってくる。


 わいわい、がやがやと入口ゲート付近では人混みが発生しているが不思議と嫌悪感はない。いつもなら憂鬱な人混みも、誰もかれもが笑顔なので、なんだか心の底から楽しい気分になる。


 だからだろうな。正吾から、『暇?』とLOINが入っていたのに対して、『夢の国さいこぉ!ふぇー!』とか送っちゃうの。


「ようこそ! 今日は楽しんでいってください!」


 正吾へ夢の国マウントを取ったところで夢の国のクルー(店員さん)がゲスト(お客さん)に負けず劣らずの眩しい笑顔を振りまいて出迎えてくれる。メイドカフェとはまた違った感覚で、入口ゲートを潜った景色に4人が圧巻の反応を示した。


「おお」

「わぁ」

「うわぁ……」

「すご」


 思わず声を漏らした地元民の高校生4人。地元でもなんでも、やっぱりこういうところに来ると初心に戻って声が出てしまうほどの場所だ。


 地元民でこんな反応なんだから、遠方から来てくれた観光客はもっと壮大な反応なのかもしれないな。


 ゲート潜った先には海外をモチーフにしただだっ広いストリートが真っすぐに伸びている。


 左右には限定ショップが見えて、まだ開園したばかりだというのに沢山の人が行き交っているのが遠目に見える。


 既に半分くらいの人が頭に被り物をしたり、魔法の国のマントを羽織ったりと、まさにオールスターな夢の国。


「晃くん、晃くん」


 ぐいぐいと俺の腕を引っ張ってくる有希は、珍しく幼子のようなテンションで訴えかけてくる。


「あれあれ」

「どれどれ?」

「私達も被りたいです」

「こういう所に着たら被る系女子?」

「こういう所に着たら被る系女子です」


 オウム返しのような返事に、クスリと笑ってしまう。


「俺もこういう所に着たら被る系男子だ」

「なら、被りましょ。琥珀さんも坂村くんも被りましょ」

「良いねー。やっぱこういう所に来たら被らないとねー」


 白川はやはりノリの良い系女子なので即答だったが、坂村は少し困惑していた。


 わかるぞ。多分、これも作戦のうちの1つだと思っているのだろう。あの妖精女王ティターニアがこんなテンションなわけがないと。安心しろ。これは作戦じゃなくてただの無邪気だから。


 視線を送って、坂村にアイコンタクトを送ると察したのか急に走り出した。


「やっふぉー! ふぇー! 被りたいぜーいえー!」


 どうやらテンションを無理に上げないといけないと勘違いしたみたいで、かなり無理して上げている。


「坂村くん!? どうしたの!?」


 その証拠に、白川がやたらと驚いている。


「お、おお、俺も被りたい系男子だぜー! 白川とオセロしたいぜー!」

「オセロはまた今度やろうよ」


 あまり出さないテンションなんだろうな。坂村は、『お揃い』を噛んで、『オセロ』とか言っている。


 それを素で返している辺り、まじに脈ないんだろうな……。いや、だめだ、だめだ。諦めたらそこで試合終了。まだまだ1回の表だ。試合は始まったばかり。


 俺達は限定ショップへと入って行く。


 ショップの中には大量のグッズがところ狭しと並べられている。


 店に入って白川が気を利かせてくれているのか、ちょっぴりだけ距離を取り坂村と店を見て回ってくれている。これは坂村にとってもラッキーなイベントではなかろうか。


「晃くん! 晃くん!」


 店に入って白川と坂村の動向を確認していると、有希から興奮気味に名前を呼ばれてしまう。


「んー」


 振り返ってみると、彼女の手に持っているものを見て気分が爆上がりした。


「星じゃん! うわ! 星じゃん!」


 このテーマパークの最新エリアである、世界的有名な配管工さん。その作中で一時的に無敵になるアイテム、『星』だ。それの形をしたお菓子みたいだ。


「容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。おまけに家事万能のツンデレメイド。最近はデレ寄りのアマアマでばぶみが深い。え? ほんまもんのスーパースターやん」

「ところどころで言いたいことがありますが、べた褒めということにしておきましょう」

「これ買って帰ろう」

「お気に召しました? では帰りに買って帰りましょうね」

「やった」


 そんなやり取りの中で次に目に入ったのは配管工さんが被っている帽子のグッズ。それを手に取って被ってみせる。


「どう?」

「ドMのあなたにお似合いですね」


 帽子に書かれたアルファベットの数字のことを言っているのだろう。


「お、おお、俺はMじゃないぞ! ちょっぴり思春期なだけだ!」

「思春期の男子でも、もっと自重していますよ。晃くんは曝け出し過ぎです」

「だって有希のばぶみが深いんだもん」

「その言葉の意味はわかりませんが、おそらく私はばぶみが深いわけではないと思います」


 否定しながら有希はLと書かれた帽子を手に取る。


「ですが、私にはいっぱい性癖曝け出して構いません。全て受け入れます」


 なんとも都合の良いセリフを言ってくれながら彼女は帽子を被った。


「どうですか?」

「なんで美少女ってなに被っても美少女なんだろうな。尊い」

「えへへ。ありがとうございます」

「じゃ、俺達はこれにしよう」

「はい」


 早速と被り物が決まり、レジにて配管工さんの帽子を買うと、レジのクルーの人が親戚の子供を見る様な笑みで


「とってもお似合いですね。今日は楽しんでください」


 と言ってくれた。


 なんなの夢の国。ずっと楽しんだけど。ずっとバフ効果なんだけど。


 とか幸せな気分で店を出ると、先に出てた白川と坂村と合流する。


「あ、2人はそれにしたんだ」


 白川が俺達の頭の被り物を見ながら言葉を発した。


「最新エリアだしなぁ。白川と坂村は……」

「うん。カチューシャにしたー」


 白川と坂村はカチューシャにキャラクターの耳が付いた物にしたらしい。誰が付けても可愛く見える商品となっている。


「ゆきりーん! 帽子めっちゃ似合ってるー」

「琥珀さんもとてもお似合いですよ。ブタの耳」

「犬なんですけど!?」


 有希が白川を煽っているが、白川は嬉しそうであった。なるほど、あいつこそMだな。


「坂村は野球部だから帽子にすると思ったわ」

「うん。いつも頭に帽子被ってるから、たまには違うものって感じでいこうと思って」

「あ、なるほど」


 納得の理由を聞くと、「守神くーん」と白川が俺を呼びながら前に立つ。


「ゆきりんと写メ撮ってあげるよ。スマホ貸してー」

「お、サンキュ」


 言いながらスマホを白川に渡したタイミングでスマホが震えた。


「おっ。ご、ごめん。LOINの文がちょっとだけ表示されちゃってたから見えちゃった……」

「気にしないで良いよ。どうせ正吾だろ。見ても大した内容じゃない」

「まぁ、『俺を欲してる』とか訳わかんないこと書いてた気がするけど、忘れるね」


 正吾、お前なにを送って来てんだ。ま、なんでも良いか。


 有希と共に適当なところで立ってスマホのレンズを見る。


「後で有希のスマホでも撮ってもらおうぜ」

「いえ、私はスマホを持ってきておりませんので」

「え? 忘れたの?」

「いえ。今回の作戦のためにあえて置いてきました」

「足がつかないように? 形から入り過ぎでは?」

「……まぁ、本来の理由は別にあるのですがね」

「本来の理由って?」

「あの人から最近電話が多いので……」


 あの人……というのが定かではないが、おそらくは有希の母親ではなかろうか。


「せっかくのダブルデートですし、着信があれば気分が落ちるので……。デートの行きも帰りも晃くんと一緒です。スマホを触る機会はありません。ということであえて忘れたという次第です」


 3年になって有希には有希の問題が出てきているが、これは有希の家族の問題。


 いくら両思いで仲の良いカップルでも、易々と首を突っ込んで良い問題でもなし。


 有希が助けを求めるのならば全力で応えたいが、今俺にできるのは少しでも有希を楽しませることくらいだろう。


「2人ともー。もっと寄ってー」


 白川のそんな言葉に俺は彼女を抱きしめた。


「楽しもう。今日も明日も明後日も。ずっとな」


 俺の言葉の意味を察したのか、有希は嬉しそうな顔をしてくれた。


「はい」


 彼女の返事の後にスマホの方を見ると白川が呆れた様子で見て来ていた。


「寄り過ぎだぞー。バカップルー!」

「これで撮ってくれー!」

「くださーい!」


 俺達の声に肩を落としながらも、パシャリと1枚撮ってくれる。


 ここにまた有希との思い出が刻まれた。


 この思い出で少しでも有希の曇った気分が晴れてくれれば幸いである。

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