第155話 ダブルデートの準備はリア充がするべき

 放課後になると野球部らしく部室に出向いて練習着に着替える。


 部室というのは今まで縁がなかった。


 学校の部活動に部室は必須であろう。そこで着替えたり、練習道具があったりするから。


リトルやシニアは家からユニフォームで練習に向かうので着替える場所というのは必要ないし、道具は専用グラウンドの倉庫にある。


 それにしたって野球部の部室は狭いな。ロッカーなんてないし、正方形の倉庫みたいな部屋にパイプ椅子が並んであって、錆びた鉄の棚に道具が保管されている。パイプ椅子も棚も古臭いが、整理整頓はされているみたいだ。


「ゴールデンウィークの時、白川とデートしてたんだろ?」


 今、部室で着替えているのは俺と野球部キャプテンの坂村だけだったため、ゴールデンウィークの件を尋ねてみる。


「ああ。そういえば白川が、たまたま会ったって言っていたな」

「たまたま……」


 圧倒的ストーカーだったが、白川的にたまたまということにしてくれたみたいだな。


「そうそう。偶然な。坂村と来てるって言ってたから、デートの邪魔するのも悪いと思って声はかけずにいたけど」


 白川がそういうことにしてくれているなら、そういうことにしておこう。


「それで? 上手くいった?」


 到底そうは思えないが、話しのネタとして質問をすると沈んだ顔を見せてくる。それを見た瞬間に、自分の予想が的中したことを実感した。


「男と女とか、告白をするとかしないとか、好きとか嫌いとか……。そのステージにすら立ってない感じ」


 はぁと深いため息を吐いて、ずーんと落ち込んだ様子。白川の様子からしても坂村のことはただの野球部員としてしか見ていないだろう。


「ステージに立っていないなら立たせたら良い」

「どうやって?」

「次は親戚を出汁にしたデートじゃなくて、普通に誘うんだよ」

「あ、バレてた?」

「バレバレ」


 ちょっと恥ずかしそうに彼は頭をかくと、「でも」と弱気な声を出す。


「普通にデートに誘って来てくれるかどうか……」


 弱気だなぁ。


 坂村とは3年生で一緒のクラスになり、そこまで彼のことは知らない。だけれども、大体の性格が弱気ってことはなんとなくわかった。


 しょうがない。大学野球をする前に、高校野球を経験させてくれるきっかけを作ってくれたのは坂村だ。ここは一肌脱ぐとするか。


「ダブルデートならどうだ?」


 一肌脱ぐ言葉と同時に制服の上下を脱いだ。


「ダブル……デート? それはリア充のリア充におけるリア充のための言葉じゃ?」

「そのリア充がここにいるだろ?」


 上の練習着を装着して、ドヤァと決め顔をすると坂村は、「神っ!」と俺を崇めた。


「しかし神っ! 付き合ってもないのにどうやって……」

「固定概念に縛られるな。ダブルデートってのは、なにも付き合ってる同士が2組必要なんじゃない。1組が付き合ってなくてもダブルデートになる」

「神っ! しかし、どうやって誘えば……」

「そこは俺が有希と白川を誘うから安心しろ」

「神っ! マジ神っ!」


 坂村は土下座した。


「献上品はポ○キーでよかとですか!?」

「俺はプリ○ツのサラダ味派ばい」

「了解しました! 今すぐに買ってまいります!」


 そう言って部室を出て行った。


「あ、おい! 冗談だぞ」


 行っちまった。あいつ、まじに買いに行ったんじゃないだろうな。


「おつかれー」


 坂村と入れ替わりで部室に入って来たのは白川だ。彼女と目が合って咄嗟に胸の部分を隠す。


「きゃ! エッチ!」

「守神くん。上の服着てるのに上を隠しても意味ないでしょ。ブリーフを隠さないと」


 白川は白い目で見てくる。


「ブリーフちゃうわ! ボクサーだわ!」

「白のボクサーは最早ブリーフと同義では?」

「確かに……」


 納得のいく回答をもらい、今後白のボクサーを履くときは注意しようと思いながら、丁度良いところに白川がやって来たので、先程の坂村との約束を果たすとする。


「な、白川。今度遊びに行こうぜ」

「色々とツッコミどころがありすぎるんだけど、とりあえ最初に思ったことを言うね。仮にも女の子であるわたしを誘う格好じゃないよね」

「これは失敬」


 俺は上着を脱いでから改めて誘う。


「今度遊びに行こうぜ」

「なんでパンイチになった!?」

「いや、さっきのは失礼な恰好だったから」

「今の方が失礼だよ! 部員の着替え見慣れてるけど、わたし女の子だからね!」

「忘れていた」

「忘れんな! 可憐な女の子と認識しろ!」

「可憐な女の子モブ

「ええい! ルビで遊ぶなとあれほど言ったろうがっ!」


 はぁはぁと激しいツッコミに肩で息をする。もうこちらが着替える気がないことを察した白川は諦めて誘われた内容についての確認をしてくる。


「遊びにって、2人で?」

「いや、白川と2人はきつい」

「そりゃこっちのセリフじゃ、ボケ」


 こちらの多大なるボケのせいで口が悪くなってしまっているので、ちゃんと話をしておこうと思う。


「有希と坂村と誘ってさ。4人でどうかなって」

「坂村くん?」


 キョトンとした声を出すと疑問の念をぶつけてくる。


「近衛くんじゃなくて?」

「あ、あー……」


 そりゃそうなるよな。基本的に正吾と行動しているのに、今日に限って坂村の名前が出るなんて不自然と思われても仕方ないか。


「俺もゴリラ離れしないとと思ってさ。短いながらも野球部に入部したんだから、野球部の人と交流を果たしておこうと思って。でも、いきなり2人はしんどいから、同じ野球部の白川もってな。んで、白川は有希と仲良いし、有希も誘えば良いと」


 グダグダと長ったらしい言い訳を並べてしまったが、白川は特に気にする様子もなく頷いた。


「うん。ま、別に良いよ。いつ?」


 フットワークの軽い女だ。しかしそれはこちらとしても好都合。


「日にちはみんなの都合に合わせるよ」

「オッケー。なら土日になるよね」

「平日は部活だもんな。了解。んじゃ有希と坂村にも言っておくから」

「おねしゃーす」


 こうして、ダブルデート(仮)の準備自体は簡単に進んでいった。

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