第154話 ゴールデンウィーク後のアンニュイな雰囲気と失恋

 ゴールデンウィークが終わっていつも通りに学校に行くと、朝から正吾が辛気臭い顔をしていた。


 珍しいこともあるもんだ。


 いつもは無駄にテンションが高く、元気ハツラツな正吾がズーンと沈んでいるなんてな。


 年に1度あるかないかのレアな状態に声をかけずにはいられなかった。


「おはー。どしたよ、朝から元気ねぇな」

「……あ、あぁ。晃か。……はよ」


 挨拶は元気にハキハキと。


 リトル時代にコーチから教わったことを未だに続けている良い子の正吾とは思えない。


 元気なくどんよりした声だった。


「おいおい。本気でどうした? ゴールデンウィークになにかあったか?」


 聞くと、頬杖ついて明後日の方角を見ながら澄ました顔をする。


 イケメンだけが許されるポーズを実際にイケメンがやると、えらく腹が立つ。


「なにかあったといえば、あったな……」


 正吾のくせにまわりくどい言い方。これは相当なことがあったに違いない。


「なにがあった?」


 こちらの緊張した面持ちが伝わったのか、正吾は爽やかにため息を吐いた。おそらく喋ってくれる気になったのだろう。


「……失恋」

「しつ……れん、だと……?」


 予想を遥かに超えてくる回答に心底驚いた声が出てしまう。


 俺という人間は本気で驚いた時、歯切れが悪くなり、声が出にくくなるタイプらしい。


 そんな自分のことは置いておき。


「失恋って、おま、おまえ、え?」

「おは、おはー。どしたの? 旦那とゴリラ」


 教室に入って来た白川が俺達の前を通った時に足を止めてこちらの様子を聞いてくる。


 俺は驚愕の顔をしていただろうし、正吾は失恋のショックを隠しきれていない。そんな2人を見て足を止めてくれたことだろう。


「このゴリラが失恋したんだと」

「失恋!?」


 白川も朝から圧倒的予想外な展開だったのだろう。大きな声を出すとすぐに口元を手で隠してから、切り替えるように正吾に詰め寄る。


「誰に誰に?」


 流石は女子。坂村に好かれていることは気が付いていないくせに、他人の恋愛には興味津々らしい。


「そうだ、そうだ。水臭いぞ正吾。俺になんの相談もないなんて」


 有希のことを隠していたくせに、自分のことを棚上げに都合の良いセリフを吐くと、正吾は怒った様子もなく、儚げに小さく言った。


「言葉、通じなかったな」

「外国の人!?」


 白川が驚くのも無理はなく、俺も更なる予想外な展開に声が出なかった。


 まさか正吾が外国の人と知り合いがいるなんて思ってもみなかったな。


 ん。しかし、待てよ。そういえば去年の夏休み終わりに1フランをこいつからもらったな。もしかしてそういう意味だったのか。


「ああ、名前は確か、カレン……」

「カレンさん。めっちゃ可愛い名前」

「だな。でも正吾よ。らしくねぇぞ。お前なら言葉の壁なんて関係なくそのひたすらに明るい性格でなんとかなるだろ」

「まぁ、俺もそう思ってた。というか喋れるとも思ってた。でも現実は非常だ。俺のレベルなんてまだまだあいつには届いていなかったよ」

「弱気になってる正吾なんて正吾じゃねぇよ」

「そうだよ近衛くん! 言葉が伝わらないならもっと勉強しよ! わたしもゆきりんも、近衛くんの親友の守神くんだってついているんだから!」

「白川の言う通りだぞ正吾。遠慮すんな。みんなで勉強しようぜ」


 俺が拳を突き出すと白川が乗って拳を突き出してくれる。


「お前ら……」


 泣きそうになった正吾も拳を突き出して3人で、コツンと拳を叩いた。


「早速、動物園にいるカレンなんだが……」

「「は?」」


 俺と白川は同時に声を出した。頭には複数の?マークが飛び交う。


「いや、メスゴリラのカレンなんだが」

「外人さんじゃなくて人外さんな件」

「お前なにをゴリラに求愛してんだ!? ばかか!?」

「だって晃がダブルデートするとかいうから! 俺だけ置いてけぼりは嫌だ!」


 あれ? もしかしてこの前のあれ、まじで動物園行ったの?


「人間に求愛しろよ! お前の初恋をメスゴリラにささげるな!」

「一旦ゴリラだろ」

「爽やかな笑顔とマッチしないセリフはやめろ!」


 こちらのツッコミに正吾は気持ち良さそうな顔をしていた。こらはあれか? この前ツッコミに回ってもらったのが相当ストレスだったのか? 今度からこいつをツッコミに回す時はリスクを考えないといけないな。


「……まさか本当にゴリラに求愛するとは……」

「「ゆきりん!!」」


 突如として現れたのは俺の彼女だ。有希はこちらを少し恥ずかしそうに見て微笑んだ。


「晃くんにゆきりんと呼ばれるのもなんだか良いですね」

「今度から呼ぼうか?」

「んー。ちゃん付けで」

「有希ちゃん♡」

「はうっ♡」

「はーい。今日のイチャイチャノルマを無理くり達成。はいはーい」


 パンパンと白川が手を叩いて俺達の茶番を終わらせてくる。


 白川の言う通りに有希は切り替えて正吾へと語りかける。


「こうなったのも元々は私のせい。近衛くん。私がゴリラ語をご教授いたしましょう」

「大平はゴリラ語を知っているのか!?」

「ええ。嗜む程度には」


 ドヤ顔で言い放つ有希を白川がジト目で見た。


「いや、ゆきりん。彼氏の前でゴリラ語とか言わない方が良いんじゃない?」

「ゴリラ語もわかるとかどんだけ天才なんだよ俺の彼女」

「あ、良かった。彼氏は彼女にメロメロだからなにしても許されるパターンのやつだ。永遠に爆ぜてくれ」


 白川の嫌味を華麗にスルーして有希は正吾にゴリラ語を伝授している。真剣に聞いている正吾を見ると、それを普段の授業に生かせと思ってしまうな。


「ところで守神くん。ダブルデートって、もう1組のカップルはどこの誰?」

「ん?」

「いや。近衛くんがダブルデートで置いてけぼりは嫌だからゴリラに求愛したんでしょ? つまり他にカップルがいるってことだよね。1組は守神くん達だろうけど、もう1組は?」


 到底自分のこととは思っていない白川が純粋に聞いてくるもんだから、目を逸らして適当なことを言っておく。


「白川かなぁ」

「わたし!? 彼氏もいないのに!?」

「オスゴリラに求愛しろよ」

「なんでわたしもゴリラに求愛!? それなら人間に求愛するわ!」


 なんとかノリで会話をかわせた気がする。

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