第152話 完璧なことは他人から見ると完璧ではない

 百貨店に入るとすごい人の数と化粧品売り場特有の香りが鼻を通る。様々な香水が混ざった香りに頭がクラっとしてしまう。


 情報量の多い1階の状況で、白川と坂村を探すのは困難だ。


「お2人共。ターゲットを見つけましたよ」


 とかなんとか思ってたら瞬時に有希が白川と坂村を見つけてしまう。


 2人はエスカレーターに乗って上の階に向かっていた。


「流石専属メイド。すぐに見つけるなんて偉い」

「ふっ。それくらい造作もありませんよ」


 言葉とは裏腹に嬉しそうにしている。


「でもよく見つけたよなぁ」

「簡単なことですよ。高校生は基本的に1階の化粧品売り場に用はありません。私達高校生が使う化粧品はブランド物ではなく、雑貨屋やディスカウントショップの物が多いです。琥珀さんも一般的高校生の感性の持ち主。よって1階に用事はありませんのでエスカレーターを使用するでしょう」

「「おおー」」


 有希の名推理にパチパチパチと俺と大吾は拍手を送る。エスカレーターに乗りながら有希は嬉しそうにしていた。


「そういう大平も化粧品は雑貨屋なのか?」


 正吾が気になったのか有希に問うと「いえ」と否定した後に答える。


「私、化粧はあまりしませんね。多少の化粧は就職活動では必要なことは存じておりますが、普段はしませんね」

「大平は素が良すぎるもんな」


 正吾が他意はない、綺麗な花を見て褒めるみたいなナチュラルな言い方をすると、彼女は若干照れながら返す。


「け、化粧をする時間がありませんからね。私も女の子ですしお洒落には興味があります。ですがする時間がないというか」

「有希は忙しいもんな。化粧してる時間あるなら他のことしてるよな」


 フォローを入れるように俺が彼女へ言ってやる。有希は忙しい。生徒会にメイドカフェのバイト。そして俺の世話までしてくれている。化粧をする暇があるのなら、仕事に勤しむと言いたいのだろう。


 フォローを入れたつもりだが、有希がこちらを見つめてなにかを訴えてきている。


「……ん?」

「いえ、その、晃くん的には、彼女には化粧をして欲しいものなのかと思いまして」

「あー」


 考えたこともなかったので声を漏らしながらちょっと考える。


「俺は有希が世界で1番綺麗だと思っているんだわ」

「晃……。エスカレーターで惚気るなよ」


 正吾が呆れた声を出しているのを無視して続ける。


「そんな有希がこれ以上綺麗になるのかと思うと興味はあ──」

「今度します」


 最後まで言葉を言う前に食い気味で答えられてしまう。


「今度化粧してきて晃くんを驚かせてやります」

「それじゃ更に有希を好きになっちまうなぁ」

「更に好きになっちゃってくださいね♡」

「……お前らほんとどこでもイチャイチャできるんだな。もう才能だよ」


 アホの正吾にすら呆れられながら、ターゲットがエスカレータを降りたので続いて俺達も降りた。


 ここは6階。キッズフロアだ。おもちゃや子供服などが売られているフロアに降りると、2人は真っすぐに子供服売り場に足を向けた。


「……子供服売り場。妙ですね」


 棚の影に隠れて尾行していると、有希が名探偵風な雰囲気を醸し出す。


「なにが妙なんだよ。名探偵ゆきりん」

「ええ。ここは子供服売り場のベビー服のゾーン。琥珀さんに弟や妹はいない。そこから導き出される結果は──」


 ボンっと有希の顔が真っ赤に染まる。


「どうした有希?」

「なにかわかったのか? 大平」

「え、ええっと……」


 あわあわとなにか恥じらっている有希は、もじもじとしながらも答えてくれる。


「2人の高校生男女。お盛んな年ごろ。共にベビー服を見る。これらから導き出される答えは……」


 間をあけてから有希がお腹をさすった。


「新しい命が芽生えたとしか思えません」


 彼女の考えを聞いて俺と正吾は顔を見合した。


「「まじか」」


 小さな声が重なってから数秒後に俺から声を出す。


「学生結婚の先を越されてしまったな有希」

「ええ。私達がやりたかったことですね。しかし、先を越されたからという理由でお2人のおめでたを祝福しないということにはなりません。壮大に祝福してあげないと」

「先を越されたのに祝福する気持ちを持ち合わせてる有希、まじで妖精超えて女神」

「私達は私達のペースで行きましょうね」

「だな」

「ちょーい、ちょいちょい、ちょーいちょい」


 リズム良く言い放つ正吾の言葉に俺達は耳を傾ける。


「どこでもイチャつくのはもう良いわ。それは置いておいて、なんでそうなるんだよ!」

「「なにが?」」

「なにが? じゃねーよ! なんで白川と坂村がベビー服見てるだけでおめでたになるんだよ!」

「「……?」」

「『……?』じゃないんよ! 待て待て、え? ボケてるのか? 2人共ボケてる? 俺の仕事奪ってる感じ?」

「「このゴリラはなにを言ってるのかな?」」

「うそん!? 今日は俺がツッコミしないといけない日!? 苦手なんだけど」


 正吾がなんか知らんがわめいている。それを見つめていると、「まじかよ。なんの試練だよ」とか呟きながらこちらに言ってくる。


「普通に考えて、違う誰かがおめでただろうが」

「琥珀さんに弟や妹はいません。それに親戚付き合いもあまりないと言っていました」

「なんで論破の態勢なんだよ。じゃなく、坂村の可能性もあるだろうが」

「坂村くんのことは知りません」

「あ、うん。じゃあそっちの可能性あるよな。てか、その可能性の方が大きいだろ」

「……近衛くん。さっきから湯気立てないでください。目立ちます」

「ここにきて話をすり替えてくる大平はやっぱすげーよ」

「そうだぞ正吾。一体いつまで湯気出してんだよ」

「晃まで……」

「そうだよ近衛くん。こんなところで湯気なんて立ててたらバレバレだよ」

「白川にまで言われちゃ、しまいだな……」


 正吾がしょんぼりした声を出したかと思うと、「うおっ」とのけ反った。俺と有希もあまりにナチュラルだったので最初は気が付かなかったが、目の前にターゲットの片割れの白川がいた。


「琥珀さん、どうして……。私達の尾行は完璧だったはず……」

「いやいや。ガバガバだったから。1階で気が付いてたから」


 ブンブンと手を振って笑っている。


「1階から……だと?」


 正吾が悔しそうに聞くと白川は、「そりゃ」と有希と正吾を見ながら答える。


「銀髪美少女と頭から湯気を立ててる大男がいたらわかるよ」

「……俺は?」


 自分を指差して聞くと、こちらの目をみて白川はポンポンと肩を叩いてくる」


「ようこそ、こちら側モブの世界へ」

「ちくしょうがっ! なんか悔しいわっ!」


 俺には特徴がないと言いたいみたいだな。普段白川をおちょくってる仕返しというわけだ。


「ど、どうして……」

「それでゆきりん。なんでそんな絶望した顔をしてるの?」

「だって……。だって……! このネタで琥珀さんを2週間はからかおうとしてたのに!!」

「計画がパァになってわたしとしたら大助かりだよ」


 2週間引っ張れるネタではないと思うが、白川的には回避できてよかった案件だ。


「んで? おめでたか?」


 白川に聞くと、「おめでた?」と首を傾げていた。


「坂村との赤ちゃんが出来たんだろ?」


 そう言うと余裕があるのか大笑いして答えてくれる。


「そんなわけないでしょー。坂村くんの親戚に赤ちゃんが生まれそうだから見に来たんだよー」


 至極真っ当な返答に全員が納得した。

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