第151話 面白くないって言われるのが1番えぐい
弱小高校野球部あるある。休みの日でもグラウンドが使えないので練習が休み。
グラウンドは他の部活と共用。
そのことが原因でサッカー部と揉めたくらいだ。そのサッカー部も、もうイチャモンをつけてこなくなっている。
揉め事がなくなったのに、グラウンドを使わせろなんてどうかしている。
野球部に入ったは良いが練習をしないんじゃ今までも変わりない。
それはそれで有希とデートができるから良い。せっかくのゴールデンウィーク、有希と遠出でもしようかと提案したのだが。
「すみません。ゴールデンウィークはバイトを入れてしまいました。今、人手が足りなくて」
春からバイトのシフトがちょっと増えた有希が申し訳なさそうに頭を下げる。
この時期は学校やら就職やらでどうしても人が減るらしい。ゴールデンウィークを過ぎれば、新生活に慣れてきた人達が入ってくるみたいだ。毎年この時期はそうらしい。
残念だが仕方ない。
「んで、いつも通りって訳だわ」
「うほ?」
「お前、3年になってから更にゴリラ感が増したよな」
目の前で首を捻る正吾を見て呆れてしまう。
相変わらず正吾と連むことにしたゴールデンウィーク初日。俺達は繁華街にあるバッティングセンターに足を運んでいた。
本当は適当な公園なりグラウンドで野球の練習をしようとしたけど、公園はボール遊び禁止。グラウンドはどこかの少年野球やら少年サッカーなりが使用している。
仕方なくバッティングセンターに行くことでまとまった。
どうせなら良いバッティングセンターに行こうってことで都心まで足を運んだ。
「サッカー部との練習試合で大学から野球をやるって決めたろ? なら体でかくしとこうと思ってな」
正吾が、ゴリラ感が増した、という俺の意見に答えてくれる。
「でかい体を更にデカくするのな」
「芳樹に追い越されそうだからな。図体のデカさだけは負けん」
ピースで言ってくる。確かに、正吾は昔からデカさと顔は誰にも負けてなかったもんな。
「デカくなるのは良いが、そろそろ右方向へのバッティングも鍛えた方が良いんじゃないか」
さっきのこいつのバッティングを見ていると、右バッターの正吾は左方向、3塁側、サード、ショート、レフト方向への打球は強いが、右方向、1塁側、ファースト、セカンド、ライト方向への打球は非常に弱かった。
「逆に良いと思ってな」
「ん?」
「基本的に右方向へ意識して打つってことは進塁打を欲している状態だ。その打球が弱いってのは逆に長所じゃね?」
「……天才かよ」
「へへ。ゴリラの脳覚醒。みたいな」
鼻をかきながら照れている。
本音を言うと、典型的なプルヒッターだからそもそも右方向に打球を飛ばせない。
なんて言うと調子を崩しそうなので適当に褒めておく。その方がこのゴリラも嬉しいだろうからな。
適当に褒めながら喉がかわいたので自動販売機でスポーツドリンクを買うと、正吾は訳のわからないネタジュースを買っていた。
めんつゆ野菜ジュースだそうだ。
「お前昔からそういう系のジュース好きだよな」
「何事も挑戦だろ」
「運動後のめんつゆとかどんな神経だ」
「ま、ものは試しだ」
めんつゆ野菜ジュースを正吾は、ごくごくと飲みだした。
「うまい。こう、なんか沸き上がってくるぜ。ビタミン的な何かとミネラル的な何かが」
「……へぇ」
「飲むか?」
「いらん」
「なんでぃ? こんなにうまいのに」
「お前のそのバカ舌に俺と芳樹はどんだけ騙されたと思ってんだ。忘れたか? 追いがつお野菜ジュース事件を」
「あれは非常にビタミンを感じたな」
「吐いてんだよ。お前に騙されて胃の中を全部吐いたんだよ」
「胃の中の蛙ってやつ?」
「意味がちげぇんだよ。ボケ」
「……美味しいのに」
ごくごくとめんつゆ野菜ジュースを飲む。正気の沙汰じゃないが、こいつの場合純粋に美味しくて飲んでるから怖い。
「ところで晃よ」
「いらんって言ってるだろ」
「違う違う。大学だよ大学。決めたか?」
急に真面目な話を振ってくる。
ごくごくとスポーツドリンクを飲んで切り替える。
「何校か候補はできたな。猫芝先生も一緒に探してくれてるからちょっとずつ絞れてきているよ」
猫芝先生には恩しかない。自分の業務で忙しいだろうに、一緒に進学先を探してくれていて。この恩は絶対に忘れないが、恩返しは卒業してからだなとも思う。
「正吾は?」
「俺もできれば晃と同じ大学が良いんだけど、成績がな」
「大学入試は高校入試ほど甘くはないだろうからなぁ……」
「スポーツ推薦も部活をやってこなかった俺じゃ無理だろうし。あー。勉強しないとなぁ」
嘆くような声を出す正吾の頭から湯気が立つ。
「ヤベェ晃。勉強って言っただけで湯気が立った」
「どんだけ勉強が嫌いなんだよ」
「冷やさねーと」
ごくごくとめんつゆ野菜ジュースで冷やしている。
「だ、だめだ。俺という存在が強過ぎて、めんつゆ野菜ジュースじゃ冷やしきれない」
「めんつゆ野菜ジュースじゃ役不足か。なら、どっかで涼もうぜ」
「だな」
俺達はバッティングセンターを出て、適当なカフェにでも入ろうとカフェを探して繁華街を歩く。
連休初日の昼下りの繁華街は人、人、人で溢れている。
そんな中、頭から湯気を立てて歩く正吾は悪目立ちしている。いや、別に目立ってても良いんだけどね。
「大学で野球するには勉強しないといけないからなぁ」
「や、やめてくれ晃。今、勉強って単語は俺には効きすぎる」
「あはは! やっべ、めっちゃ湯気出てんじゃん」
勉強という言葉を使うと、正吾の湯気が強くなった。まじでやかんの湯が沸いたみたく湯気が出ている。
「ぬお!?」
「どうした? お堅目の学習塾でも目に入って瀕死か?」
「今、学習塾を見たら即死だったぜ。危なかった」
「即死じゃないってことは、お前は何を見たんだ?」
「あれだ?」
「どれどれ?」
正吾の指差す方向。人と人の間から白川琥珀と野球部キャプテン坂村の姿があった。2人は繁華街にある百貨店に入って行った。
「白川と坂村って付き合ってたんだな」
正吾が感心したような声を出した。
「……そうかな?」
坂村と喋った感じは片思いな雰囲気だった。付き合っている感じはしなかった。でもだ。片思いだとしてもデートできる仲というのは彼も頑張っているのだろう。そのまま恋が実れば良いと陰ながら応援しておく。
「クラスメイトのデートを邪魔するのは悪いな。正吾。撤退しよう」
「だな。意外な組み合わせったぜ」
「そうかぁ? 野球部キャプテンとマネージャー。王道だろ」
「でも、白川みたいな可愛い子が坂村って意外だろ」
「……ふぅん?」
ニヤッとしてしまう。
「なんだ?」
「いやいや。女子に人気だけど今まで興味なかったゴリラが、白川をそういう目で見ていたとはなぁ」
「白川は普通に可愛いと思うが?」
「……面白くないゴリラだ」
「ぐはっ!」
正吾がいきなりダメージを受けた。
「面白くないゴリラはただの霊長類……」
「俺らも霊長類だけどな」
「すぐそこにお笑いの劇場あるから乗り込んでくる!」
「やめとけ。プロのお笑いをなめるな」
「だってよ! 面白くないとか言われたら、それって死ねって言ってるのと一緒だろ!」
「俺達の地元だとそう捉えることができるな」
「くっそ。今から養成所の面接受けるしかねぇ!」
「ええい。うるせー! とりあえず違うところ行くぞ。2人の邪魔をするのは悪いからな」
「それは言えてる」
冷静になった正吾と共に百貨店に背を向けて違うところを探そうとした時だ。
「2人共。どこに行くんですか?」
聞き慣れた甘い声に振り返ると、そこに立っていたのは愛しき顔の人物だった。
「有希」
「おっす。大平」
「こんにちは」
私服姿の有希は相変わらず凛と立っている。
「バイト終わり?」
「はい。今日は夕方までだったのですが、お客さんが思っているよりも少なかったため早上がりです」
「お疲れ様」
「ありがとうございます。ところで、お2人共、どこに行く気です」
そう聞きながら顔をニヤッとさせる。
「せっかく面白そうなイベントがあるというのに背を向けるのですか?」
そう言いながら有希は百貨店を見た。
「面白そうって……」
「普段琥珀さんには晃くんとのことをからかわれております。これは弱みを握るチャンス。ゴールデンウィーク明けにこのネタでゆすってやります」
ふふふ。なんて怪しい笑みを見せると、俺と正吾を見た。
「行きますよ。晃くん。
そう言ってモデルのような歩き方で百貨店に乗り込んでいく有希の後ろで正吾と顔を見合わせる。
「晃の彼女も中々にバグってるよな」
「お前ほどじゃないけどな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます