第150話 本心なのかどうなのか。陽気なマネージャーの心理はわからない
放課後になり、早速と正吾と野球部の様子を見に行くことにする。
今日突然誘われて入部したため、練習道具を持ってきていない。なので文字通りの見学となる。
校舎側から見てグラウンドの奥。バックネット側で円陣を組み、野球部キャプテンの坂村が俺と正吾を部員達へ紹介してくれる。
紹介といっても、1度助っ人に来ている身だ。全員顔を合わせているので特に詳しい自己紹介はせず、あっさりと挨拶だけを済ませた形となる。
「晃ちゃん」
軽い挨拶の後、部員達はアップを開始した。
俺と正吾が1塁側の簡易ベンチに座って練習風景を見ていると、聞き慣れた声が聞こえてくる。
顔を上げると、そこには予想通りの人物がいた。
「やっぱり芽衣か」
「知ってた?」
彼女が隣に腰掛けながら聞いてくる。
「今年の1年は女子マネージャーしか入らなかったって聞いたからまさかとは思ったけど、予想通りだったな。選手はやらないのか?」
「やらないよー。あたし決めたんだ」
「なにを?」
「JKになったらJKらしいことをする」
「野球部のマネージャーはJKらしくないと思うが」
「らしいよ! こう──」
芽衣は表情を作り上げてから役者みたいに言ってのける。
「『先輩♪ ナイスバッティングです♪ はい、お茶』って言いながらやかんのぬるいお茶渡したり、『先輩♪ ナイスピッチングです♪ はい、氷』って言って、スーパーの袋に入れた氷で肩を冷やしたり」
「声と行動は良かったが、ところどころでリアルな野球部風景が垣間見えるな」
むぅと拗ねるような声を出されてしまう。
「じゃあ晃ちゃんのいうところのJKってなによ」
「そうだなぁ」
彼女を否定しておいて悩んでしまう。否定だけして答えられないのも格好がつかないので、ちょっと考えてから答えてやる。
「プリ撮りーの、ギャルピースしーの、タピオカ飲みーの、壁ドンからの胸キュンおけまるきまZバイビー」
「後半はとりあえず流行った言葉を言っているだけじゃない?」
図星を突かれてなにも言えなかった。
「芽衣ー!」
「きゃ」
大きな笑い声を出しながら正吾が芽衣の首根っこをネコを捕まえるみたいに掴んだ。
「こらー! 離せ! くそ正吾!」
「そこにグローブ落ちてたから久しぶりにキャッチボールでもしようぜ」
「するか! あたしは可憐なマネージャーなの! 部員を見守る天使的存在なの!」
「なにが天使だよ。ばか言ってないで、ほら行くぞ」
「や、やめろー! あたしはやらないからなー!」
「お前中学までセカンドだったろ。ほら、内野用のグローブ。俺はこのカスカスのキャッチャーミットでも使うわ」
「話を聞けー!」
全然話を聞かずに連行される芽衣と目が合う。
「晃ちゃーん! ヘルプー!」
「軟式と硬式じゃ全然違うから気をつけろよー」
「そのヘルプじゃなーい!」
元気なマネージャーの声がグラウンドに響き渡り、容赦無く正吾のキャッチボール相手になってしまった。
「やぁやぁ旦那」
芽衣と入れ替わりで隣に腰掛けてきたのは白川琥珀だった。相変わらず陽気な声を出している。その手には硬式のボールに針と糸がある。
「めいめいは元気で可愛いですなー」
「また独特なあだ名をつけたものだ」
「だめ? 可愛くない?」
「良いと思う」
ひたすらに元気な芽衣にぴったりなあだ名だとは思う。
「守神くんの幼馴染で?」
それが芽衣のことを指すのを理解して首を捻る。
「うーん。間違いじゃないけどな。どっちかというと、幼馴染の妹ってのが強い」
「岸原くんの妹だもんね」
「だなー」
「でも、幼馴染には変わりないでしょ。ゆきりん怒ってるんじゃない? いきなりの妹系幼馴染の登場で」
まぁ怒っていたと言えば怒っていたが、それはすぐに誤解が解けたな。
「今はそっちでは怒ってないかな」
「そっちってことは、もしかして野球部に入ったのを怒ってるってこと?」
「まぁ当たらずとも遠からず。昼前に怒られたよ」
「デートの時間が減るって怒ってた?」
「んにゃ。そうじゃないな」
「ん? じゃなにに怒ってたの?」
「『もしかして、琥珀さんために野球部へ入るのですか?』ってな」
昼前の出来事を言うと彼女はボールを針で縫いながら、「にゃはは!」と大きく笑った。
「守神くんがわたしのためなんかに野球部に入るわけないのに。ゆきりん嫉妬深いねー」
「ありがたいことに、それだけ愛されてるってこったな」
「うわ。惚気出した。これだからリア充は」
ジト目をしながらも手を止めない彼女へ目を細める。
「ま、全くないってわけでもないんだけど」
「なにが?」
「白川のためってとこ」
「旦那、旦那。いくらわたしが可愛いからって浮気はダメですぜー」
「モブに浮気してメインにフラれたら笑い話にもならんな」
「モブって言うなー!」
白川が怒ったような声を出したのでついつい笑ってしまう。それを見て彼女もケタケタと笑っている。
「こうやって話している最中も作業をやめないんだな」
「あ、これ。ごめんね。話してる最中に他のことして」
「いやいや。尊敬だよ。本当に」
アップをしている部員に視線を送りながら彼女へ伝える。
「部員のためにボール1個、野球道具を大事にする。それができる人ってのは中々いないさ。それはあんたが野球部を大切にしている証。そんな子が1回も試合に勝った喜びを知らないなんて不遇過ぎる。ここまで野球部を支えたあんたに勝利をプレゼントしたい。その思いが少しばかりある」
「……ありがと」
こちらのちょっとまじな声に、白川もまじに礼を返してくれる。
「でも、そういうのは気にしなくても良いかな。わたし、別に勝ちたくて野球部にいるわけじゃないし」
その言葉は決して野球部が弱すぎて呆れている訳ではなく、本当に勝たなくても良いと言わんとする雰囲気であった。
「できた」
そう言ってボールを渡してくる。
「どうです旦那。わたし特性の白川ボールは」
「これは、中々。ふむ。普通」
「普通かい」
「でも、お手製感があって良いな。借りて良い?」
「それは野球部の物なのでお使いくだせー」
「じゃ、遠慮なく。──正吾!」
正吾と芽衣が何か言い合っているところに、「行くぞー」とボールを見せて振りかぶる。
「うお! 待て晃! このミット……」
正吾の待てを無視して軽く投げてやる。
バチーン!
「いってええ! こら! 晃! このミットカスカスなんだからな!」
「へいキャッチャー。どうだったよ!」
「物理的に手が痺れるくらいにナイスボールだよ! ちくしょ!」
「サンキュ」
お褒めの言葉をいただいて席に座ると、白川は呆れた顔をしていた。
「相変わらずの野球チートですなぁ」
「どうも」
「あんな良いボール見せられたら期待しちゃうじゃない」
「期待。して良いんだぞ。今年の夏は」
「……別に、どっちでも良いんだけどね。本当に」
白川は視線を逸らしてバットを磨き出した。
別に勝たなくてもいい。本心なのかどうか、彼女の言葉が少し引っかかった。
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