第149話 野球部の入部理由を聞くのは生徒会の立派なお仕事です

「晃くん。喉かわきません?」


 職員室を出ると、唐突に有希が聞いてくるもんだから素直に頷いて、学食近くにある渡り廊下の自動販売機にやって来た。


 短い休み時間の中途半端な時間なもんで、ベンチには誰もいなかった。


 数分後には教室に行かないといけないが、ベンチがあると座りたくなるもので、腰をおろして缶コーヒーを飲んだ。


「それで? またどうして野球部に入部する気になったのです?」

「もしかして、それを聞くためにわざわざここに来たのか?」

「はい」


 素直に答える中、キーンコーンカーンコーンと次の授業を知らせる鐘の音が校内に響き渡る。


「おっと、戻らないとな」

「大丈夫ですので、ゆっくりしてください」


 有希は余裕の表情でチャイムが鳴り響く中、優雅にベンチに腰を下ろした。


「みんなのお手本にならなきゃならん立場の人間がこんなところで堂々とサボりとはな」

「あら。晃くんは我が校の生徒会長が、生徒会室で寝坊したり、学校を抜け出してランチに行ったりしているのをご存知のはずでは?」

「悪い生徒会長だってこと忘れてたよ」


 笑いながら缶コーヒーを飲む。


「それに、次の授業は英語の先生が出張に行っているので自習です。代わりに授業がない猫芝先生が見てくれるみたいですが、自習なら生徒会の仕事を晃くんとさせて欲しいと伝えています」

「それ嘘じゃん。しかも猫芝先生に言ったんんだろ? 怪しまれただろうに」

「大事な仕事です。生徒会長として、晃くんが野球部に入部するという話を聞くのはね」

「ものは言いようだな」

「それと猫芝先生は手玉にとっていますのでご安心を。修学旅行での件を1つ申すと、それはそれは可愛らしい笑顔で生徒会の仕事をするように言われておりますので」


 絶対に妖精女王ティターニアを敵に回してはならない。改めて肝に銘じておこう。


「でも、別に家でもできる会話なんだから、帰ってゆっくりでも良かったんじゃないか?」

「晃くんの一大事です。すぐに把握しないといけません」

「さようで」

「それで? どうして今頃になって?」

「そうだなぁ。色々と理由はあるけど……」


 別にやましい理由なんてない。そう思っているので口に出して彼女へ入部理由を説明する。


 野球部キャプテンの坂村に頼まれたこと。人数が足りないこと。白川に勝利をプレゼントしたいこと。


 時間に余裕があるみたいなので、ダラダラと拙い喋り方で彼女へ説明する。


 彼女は最初こそ相槌を打って聞いてくれていたが、最後に白川の名前を出すとむくれた顔をする。


「……有希?」

「それって、晃くんも琥珀さんのために野球をするってことですか?」

「いや、そうじゃないけど」

「ほんとに?」

「もしかして妬いてる?」


 聞くと、プイッと顔を逸らす。


「別に」

「ええ、妬いてんじゃん。ほっぺたふくらませてさ」

「元々そういう顔です」

「そんなことないだろ。ほら」


 ツンツンとほっぺたをつつくと、風船がしぼむみたいに頬が元通りになった。


「ほら、いつも通りの綺麗な有希になった」

「むぅ。それって、むくれている時の私は可愛くないってことです?」

「あ、認めた」

「むくれてません」

「むくれてる時の有希も可愛いけど、笑ってる有希が1番可愛いよ」

「えへへー」


 無邪気な笑みを見してくれて、先ほどの話題は流れていった。


「それで? 琥珀さんのためなんですか?」


 流石は妖精女王ティターニア。逃してはくれないみたいだ。


「違うっての」

「別に良いんですよ? 琥珀さんが部活頑張ってるのは知っていますし、私だってあれだけ頑張っている琥珀さんには報われて欲しいって思います。そのために晃くんが頑張るのは別に……」


 到底そうは思っていない顔をしている。


 そんな顔をするのも嫉妬している表れ。


 つまりは俺を思っていてくれているからだと思うと、この子めっちゃ可愛いな。


 可愛いと思うと、その銀髪を撫でたくなった。


「あ、こら。いきなり頭撫でないでください」

「あまりにも有希が可愛いから。つい」

「誤魔化しても無駄ですよ」

「誤魔化してないっての」

「誤魔化してます。そうやって私のやって欲しいことやって、話をうやむやにしようとしてます」

「してないっての」

「してますー」

「してませーん」


 言いながら、少し乱暴に髪の毛を撫でる。


「ああ! やめてください。せっかく晃くんのためにセットした髪が!」

「ぐしゃぐしゃの髪の有希も素敵だぞ」

「うう……。卑怯ですよ。そうやって私に甘いことばっかり言って」


 悔しそうに髪の毛を手櫛で整える彼女へ本音を伝える。


「白川のためってのはあるかも。やっぱりクラスメイトとして、友達として、頑張っている姿を知っているし、報われて欲しいと思う。それも本音」


 でも、とすぐに自分の大部分を占める入部理由を述べた。


「諦めていた高校の夏の大会に出られて嬉しいってのが本音だ。甲子園に行くのも俺の夢の1つだったから」


 そう言った後に小さく笑ってから続けた。


「もちろん甲子園なんて行けるはずない。その聖地には野球に青春を捧げている人が行くべきだ。それはわかってる。でもよ、また甲子園を目指す夢を描ける。そう思ったらワクワクしてさ。だから入部した」


 そう言った後に、嫌らしい笑いをしてから言ったやる。


「有希の質問に答えるなら、弱小野球部を利用して、練習もせずに遊び呆けてたのに夏の大会に出れるから。これだな」

「晃くん、性格わるー」

「幻滅した?」

「しました」

「嘘……。まじに?」

「はい」


 有希は立ち上がってこちらを見る。


「ですので、晃くんのためにも、琥珀さんのためにも、野球部の方々のためにも。夏の大会、勝ってくださいね」

「勝てば幻滅しない?」

「勝てば幻滅しません」

「よぉし。夏の大会がんばろー」


 調子の良いことを言うと、有希が立ち上がった。


「では行きましょうか」


 校舎とは逆方向。裏門の方へと歩き始めた。


「おいおい。どこ行くんだ?」

「今から授業に出ても意味はありません。野球部になると授業中に抜け出してランチなんて大問題です。まだ入部届を出しただけで登録はされていませんでしょうから、今のうちにランチでも行きましょう」

「……ほんと、悪い生徒会長様なこって」


 そんな悪い生徒会長が大好きな俺は彼女と共に学校を抜け出してランチと洒落込んだ。

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