第148話 幼馴染成分の足りないメインヒロインとのトゥルーエンドは職員室の大人を魂ごと浄化させる
入部を決意したのであれば、入部届を出さなければならない。
A4サイズの紙を半分にカットし、それを更に半分にカットした用紙へと名前とクラスを書く。
たったこれだけのことなら口頭で伝えれば十分ではないのだろうか。近年ペーパーレス化が進んでいるのにも関わらず、名前とクラスだけを書くなんて紙の無駄だと思われる。
しかし、これを出さなければ入部したことにならないため、文句を言わずに書かなければならない。
「晃。もしかして入部届か?」
入部届を書き終わった辺りで正吾が声をかけてくる。
「ん? ああ。よくわかったな」
「思いっきり入部届って書いてあるからな」
彼は机の上に置いてある紙を見て答えた。正吾のくせにまともだと、ちょっと気持ち悪い。
「晃も誘われたんだな」
「正吾も?」
「まぁな。晃が入るなら入るって約束だったし。それに……」
正吾は白川の方を軽く見る。こちらに気が付いていない様子でクラスメイトと談笑していた。
「正吾も白川のため?」
「ああ」
「もしかして……」
「必死なあいつを見てるからな」
ポツリと小さく溢すように声を出す。
「サッカー部との件の時。あの時は晃の家での勉強会の帰りか。あの時の白川の必死具合。あれを見た時、こいつは野球部が好きなんだなって伝わった。そんなやつが勝った喜びも知らないまま引退なんて、なんか可哀想すぎるだろ」
「……言えてる」
冗談を言える空気ではないので、俺も素直に答える。
「俺と晃が入ったら1勝くらい楽勝だろ」
「だな」
「よし。なら、夏に向けて調整しないと。キャッチャーミット買わなきゃ」
「お前キャッチャーすんの? ファーストだろうに」
「バカ言うなよ。あの野球部で晃の球を取れるやつがいるかよ」
「……確かに」
「そういうことで、晃。俺とお前の新バッテリーが爆誕した。バッテリーは夫婦みたいなもんだ。それに見合ったスキンシップをしようぜ!」
「気持ち悪いぞ」
「ばかやろうが。これから気持ち良くなるんだよ!」
「え? なに? 襲われるの?」
「優しくするだぜ」
「なにを!?」
正吾が腕を伸ばすと、ガシッと肩を掴まれた。正吾が。
彼の肩を掴んだのは有希だった。
「ゆ、ゆゆ、有希ぃ! 怖かったよぉ!!」
「よしよし。怖かったですね。でももう大丈夫ですよぉ」
幼稚園児をあやすようにしてくれる有希にハブみを感じる。
「近衛くん? 性懲りも無く私のご主人様にちょっかい出してます?」
キリッと睨みつける有希にもバブみを感じる。
「俺は晃の愛人だからな。ちょっかいだすだぜ。たかだかメイドが愛人に勝てると思っているのか?」
「おい、良く見ろ霊長類。この絵面は明らかに有希の余裕勝ちだろうが!」
「くっ……」
「有希がダメージを受けている!? 一体なにが足りないというんだ!?」
「私が幼馴染なら……幼馴染なら……」
「幼馴染成分が足りない……。しかしそれはもうどうしようも……」
「はっはっはっ。そうだ! 大平有希よ。お前の晃への愛や忠誠は誰よりも高い。だがな、築き上げてきた時間。これだけは俺は誰にも負けんのだ!」
「く、悔しぃ……」
「落ちたなぁ
「……まだです」
「な、なに? 絶望していないだと?」
「これを見てください!」
バシッとスマホを見せると正吾が、「ぐはっ!」と言って倒れた。
「どれどれ?」
見てみると、ラブコメにおける幼馴染は負けフラグと書かれていた。
「これにより特殊な出会いをした大平有希はメインヒロインに相応しい証明となります!」
「自分で特殊な出会いって言うなよ」
こちらを無視して有希は俺の手を握る。
「あなたを絶対に友人エンドという名のバッドエンドにはさせません。あなたの未来は専属メイドと共に歩むトゥルーエンドとなるでしょう」
「バブみを感じるぜ」
「さぁ行きましょう! 私達のトゥルーエンドへ」
「バブみが凄いぜ」
♢
「はい。確かに守神くんの入部届を受け取りました」
職員室にやって来て、先ほど書いた入部届を猫芝先生に渡した。
「それで」
猫芝先生は笑顔から一変、こちらを睨みつけてくる。
「なんで入部届を出すのに大平さんと一緒に来るの?」
「「流れ。ですかね」」
「相変わらず息ぴったりに意味不明なこと言ってくるわね。このバカップルわ」
頭を抱えながら嘆く先生は大きくため息を吐く。
「100歩譲って一緒に来るのは良いとして」
「「こちらは譲れません」」
「譲ってよ! じゃなく!」
強めに否定してくる。
「なんで恋人繋ぎで職員室に来るのよ! 見て! 大平さんの意外な姿に事情を知らない先生達の目が点よ!」
「ざまぁ」
「大平さんの言葉使いが守神くんみたいに……」
「先生。俺はこんな口調ではありません」
「そうです。晃くんをバカにするのは許しません」
「……アホのヤンキー相手にしてる方が楽だわ……」
先生の本音が溢れてしまう。
「ところで先生。野球部の顧問って誰なんですか?」
こちらの質問を項垂れている先生に変わり有希が答える。
「あ、すみません。今年から野球部の顧問は猫芝先生になったのですよ」
「そうなんだ」
担任だから入部届を出しにきたわけじゃないんだな。
「先生って野球詳しかったんですね」
「ん? そうね……」
先生は遠い目をする。
「先生ね。誰とは言わないけど、生徒の進路のために必死こいてその生徒にぴったりの進路を探していたの。それを教頭先生に見られちゃってね」
先生は思い出すように口を開いた。
『猫芝先生、大学野球がお好きなんてコアですねー。そうだ、実は鈴木先生が他の学校に異動になって我が校の野球部の顧問がいなくなったんですよ。頼めます?』
先生はゲンナリしていた。
「生徒のためにしたことで私は運動部という顧問の中で超ハードモードを選択することになりましたとさ。うう……。野球の強い大学は知っていても、ルールは知らないよぉ」
「先生。そいつは先生の思いに答えるべきだ。俺が坂村に喝を入れておきますのでご安心を」
「きみだよ! 守神くんだよ! 今の流れでわかるでしょ!」
「すみません。有希以外の空気は読めません」
「晃くん……♡」
「有希……♡」
「だああ! 職員室で青春ラブコメを始めるな! 溶けるから! 我々大人が魂ごと浄化しちゃうから! やめて!」
こうして、野球部顧問の猫芝先生の下、俺は野球部員になった。
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