第140話 熱い話よりも妖精女王の一撃

「はいはーい。みなさーん。席に着いてくださーい」


 聞き慣れた女性教師に反応して教卓の方を見ると、そこには案の定、猫芝先生が立っていた。


 可愛いは作れると自負している、アラサーのゆるふわ系の先生は今日も可愛いをとことん盛ったスタイルで3年A組へと舞い降りる。


 猫芝先生がやってくるやいなや、「ネコッチだぁ!」、「やりー! 今年は当たりだ!」、「ネコッチまじネコッチ!」と歓喜の声が湧いた。


 相変わらずの人気に、そう言えば去年も同じような反応だったことを思い出す。人気の先生ってあだ名で呼ばれるのが多い気がするな。愛されている証というか。


「始業式まではちょっと時間あるから、軽く挨拶だけするね」


 前置きをしてから、コホンと咳払いをすると真剣な顔でクラスを見渡した。


「みなさん。もう3年生になりましたね。1年生の時からみなさんを知っている身からすると、かなり感慨深いです」


 みなさんを知っているというのは、言葉のあやではなく、本当にみんなのことを知っているのだろう。俺の事情も、有希の事情も……。みんなの事情へ親身に真剣に耳を傾けてくれる。全力で応援してくれる。だからこそ、みんなに好かれるのだろう。


「卒業まで残り1年。この1年、みなさんは大変な時期だと思います。進学する人は受験。就職する人は就活。まだ進路に悩んでいる方もいるでしょうが、来年の今頃はみなさん、こことは違う場所で活躍することでしょう。そのための準備の1年。かなり大変だと思います。しんどいと思います」


 先生の言葉に不安を覚えてしまう。そうだ、来年には俺達は高校生ではなく、成人として過ごして行かなければならない。先のわからない不安。子供から大人になる恐怖。戻せるのなら時を遡り、中学生、小学生、幼稚園に戻りたいという願望。引き返したくなる気持ちが、じわじわと込み上げてくる。


「ですが」


 先生は瞳を閉じてから、一呼吸入れたからみんなに言い放つ。


「楽しみましょう」


 先生の予想外の言葉に俺達生徒は予想外と言わんばかりの反応となる。もっと激が飛んでくるとおもった。大人になるのだからしっかりしてくださいとでも言われると思ったが、先生から飛んできたのは全然違う言葉だった。


「確かに大変でしんどい時期かもしれません。ですが、それだけじゃない。志望校に受かったら、希望する会社に内定をいただいたら、嬉しいです。楽しいです。頑張った努力を成果をぶつけて、最高の報酬をいただきましょう。それに、大人になったら今まで規制されていたものが解放されていきます。それって結構楽しいものです。恋人と車でドライブできたり、友達と一緒にお酒を交わしたり、とても楽しいです。先生も楽しんでますよ。そんな明るい未来を描きましょう。あなた達に暗い未来は似合いません。明るい未来しか似合わないですよ。それに、学校イベントもあります。3年生には、頑張った成果を実感できるイベントが沢山あります。大変、しんどいを、楽しい、嬉しいに変換し、この1年楽しみましょう。私はそのサポートを存分にします。楽しい1年にしましょうね」


 パンッと手を叩いて先生が手を挙げる。


「おおー!!」


 シーン。


「えええええええ!? 反応なしっ!? 反応なしなの!? 熱めだったよ!? 先生、かなり熱めに語りかけたよ!?」


 転びそうになっている先生を見て、我慢できずに吹き出す奴が数人いた。「胸に響いたけど、ちょっと長いかも」、「無反応が正解だと思った」、なんて声がチラホラと上がり、相変わらずいじられている先生だと思ってしまう。


「昨今の端的に伝える時代のせいか……。くっ……。校長の話が長いと思ってた派の私が、自分自身で長い話をしてしまうとは……。愚かなり……」


 先生は教卓で武士みたいに反省していた。


「せんせーい。ゆきりんが言いたいことがあるみたいですー」


 有希の隣に座る白川が手を挙げて言うと、「妖精女王ティターニアだ」、

「やば、生妖精女王ティターニアくそ可愛い」、「きゃああ、妖精女王ティターニア可愛すぎて尊死するー」なんて男女関係なく声が漏れる。


 そんな声が渦巻く中、いつも通りに凛とした表情で立ち上がる。


 あの感じから白川の悪ノリではなく、有希の悪ノリなのが伝わった。


「みなさん。最後の1年を楽しむ準備は出来てますか? 私はできています」


 その一言でみな拳を作る。


「最高の1年にしましょうね♪」

おおおおおお!!!!!!


 みなが天井を壊す勢いで天高く拳をあげて声を荒げた。男女関係なく今年1年を楽しむ準備ができている3年A組の声が轟く。


「三十路が妖精女王ティターニアに負けた……」


 あちゃー。ありゃ帰ったらビールでキメる気だわ。女子高生に負けたらそりゃやけ酒だね。


 項垂れる先生を見て有希が微笑みかける。


「先生、楽しむ準備ができていませんか?」


 流石は歴代最高の生徒会長。先生へのフォローも忘れない。


「……できてます!」

「では先生も一緒に! 楽しむぞー!!」


 おおおおおお!!


 先生を含めた楽しむ覚悟ができた俺達の声が教室内に響き渡り、3年B組の担任に猫芝先生が怒られた。どっちみちやけ酒ルート不可避の先生なのでした。

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