第132話 ここにまた新たなる黒歴史が刻まれる

「長々と付き合ってもらってありがとうな」


 父さんが仙台に向かった数時間後に家を出る。母さんはまだ寝ているため、起こすのも悪いと思い、LOINだけ入れておいた。


 実家の鍵を閉めながら、改めて有希へとお礼を言うと、思ってもない言葉が返ってくる。


「良いのですか?」


 見透かされたような表情に対して、「ん?」と誤魔化してみせる。


「お友達との件。解決していないのでしょう?」


 この子は本当にエスパーか何かではないのだろうかと疑ってしまうほど、俺の心を見抜いてくる。


「晃くんはわかりやすいですからね。昨日、帰ってきてその話題が上がりませんでしたので、上手いこといかなかったと思いまして」


 それだけのことで自信満々に言えてしまうのは、もはや才能ではないだろうか。しかも、バッチリと当たっている。


 図星をつかれて、ポリポリと頭をかいてから相談するように彼女へ発言する。


「芳樹……。怪我して野球やめるって……。止めたんだけどな。ダメだったよ」


 彼女とは接点もなにもない話題なのだが、有希は真剣に答えてくれる。


「晃くんはどうしたいのですか?」

「俺はやめるのをやめさせたい。怪我してやめたらきっと後悔するだろうから」

「だったら止めれば良いじゃないですか」

「だから、止めたけど無駄だったんだって」

「それって口だけで止めたのではないですか?」


 有希の言葉が妙に刺さる。


「口ではなんとでも言えます。ですので行動で示すべきです。近衛くんが晃くんをずっと支えてくれたみたいに。晃くんが私の秘密を守ってくれたみたいに。行動こそが証になるのです」

「行動が、証……」


 確かに、俺は自分の実体験を口でしか芳樹に言えていなかった。


 でも、行動で示すと言われてもどうしたら良いのか。


 そこで持っていた鞄の中に、父さんがくれたグローブがあるのを思い出した。


『野球で魅せつけてくれ』


 父さんが言ってくれたセリフが脳裏に蘇り、自分なりの行動というのを思い付く。


「……なぁ有希。まだ付き合ってくれないか?」

「晃くんとならどこまでもお付き合いいたしますよ」

「ありがと」


 彼女へお礼を言いながら、スマホを取り出して電話をかけた。相手は正吾だ。







「悪いな正吾」


 数分後、大きな鞄を持った正吾と芳樹の家の前で待ち合わせ合致した。


「大平……。そこは元々俺の場所だぞ!」


 俺の隣にいる有希へ正吾が駄々っ子みたいな声を上げていた。


「残念ですが、晃くんの隣は私以外にあり得ません。100歩譲ってライバルが現れたとしても、それはあなたみたいなゴリラではありませんので」

「うっほー! 今日はなんかめっちゃ言われる」


 正吾はイケメンなのに、ゴリラが胸を叩くドラミングを披露していた。


 確かに、今日の有希は正吾に八つ当たりみたいな感じを出しているな。


「それより正吾。助かるよ。色々持ってきてくれて」


 本題に入ると、正吾も空気を読んで真面目な顔をして答えてくれる。


「一大事だからな。俺も昨日甲子園見て、まさかとは思ったが、やめるとか大事になってるとは思ってもみなかった。芳樹のためになるなら、これくらいの荷物風船みたいに軽いぜ」

「あ、そうなのですね」


 有希が感心した声を出すと、彼女の鞄と俺の鞄を預ける。


「でしたら私達の鞄も軽々持てますよね。あざす♪」

「ふっ。野球部時代俺がなんと言われていたか知らないみたいだな」

「なんと呼ばれてたのです?」

「運び屋しょうちゃんとは俺のこと。なんでも運べる特殊能力の持ち主なんだよ。俺は」

「それってパシリなのでは?」

「あああ! 妖精女王ティターニアが言っちゃいけないこと言った! 言っちゃいけないこと言ったああ!」

「次、私のこと妖精女王ティターニアと言ったら殺しますよ?」


 ニコッと笑顔の彼女に、正吾の顔が青くなる。


「さ、さーせしっ!」


 野球部特有の、低くなにを言っているのかよくわからない言語。これは、すみませんでしたと言っているのである。まだ割とわかる方の野球部言語だ。


「近衛くんは罰として私を運びなさい」

「大荷物に加えて、晃と大平の荷物を持っているのに、更に大平を運べだと……? 鬼畜だ!」


 珍しく正吾がまともなことを言っている。


「歩くの疲れました。私を運びなさい」

「晃! お前のところのメイドがえげつないこと言ってくるんだけど」


 おっしゃる通りだ。この上なくえげつないことを言っているな。


「有希。おいで。俺が運んであげるから」

「え……。きゃ」


 女の子らしい可愛らしい悲鳴を無視して俺は有希をお姫様抱っこしてやる。


 人間って重い生き物だけど、有希は非常に軽かった。


「あ、あの……。こ、晃くん……?」

「運んで欲しかったんだろ?」

「あ、いえ……。その……」


 もじもじとしている有希は小さく言い訳をした。


「晃くんの地元で近衛くんがいて……。その、ここでは晃くんと近衛くんの歴史があるんだと思うと、妬けてしまいまして……。それでめちゃくちゃ言っただけで……。別に本当に運んで欲しいとかではない、です……」

「なんだ。嫉妬かよ。ははん。確かにここには俺と晃の思い出が……」


 いきなり正吾が黙り込むと、最敬礼をした。


「さ、さーせしっ!」


 おそらく有希がとんでもない顔をして黙らせたのだろう。正吾も本当に学ばないやつだ。


「で、でで、ですので、下ろしてください。ご主人様に抱っこされるなんて……」

「良いじゃん。これはこれでここに俺と有希の思い出が刻まれるだろ」

「黒歴史がか?」

「「あ?」」

「ヒィィ」


 俺と有希のダブル睨みで正吾がノックアウトになった。


「……晃くんがそう言ってくれるなら、お姫様抱っこしてもらっておきます」

「素直でよろしい」


 この状態のまま、芳樹の家のチャイムを押すと、芳樹が出てきて、珍しく目を丸めていた。


「なんでこんなカオスの状態で来たの?」


 彼の意見はごもっともだった。

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