第130話 私が側におりますので
ふつふつと怒りが込み上げてくる。
それは自分自身への怒り。芳樹へ気の利いた言葉をかけてやれなかった不甲斐なさが非常に苛立たしい。
俺は怪我をして野球をやめた。でも、もう1度やろうと決心している。
その思いを芳樹へぶつけてやれば少しは気持ちを変えてくれたかもしれない。
でも、言えなかった。
今の芳樹は過去の自分との写し鏡。まるでタイムスリップして昔の自分を見ている気分だった。
あの頃の自分の内面はよく覚えている。
誰も喋りかけてくるな。ほうっておいてくれ。
そんな感情だった。
声をかけないのが、なにも言わないのが正解なのかもしれない。でも、俺と芳樹じゃ立場が違う。貴重な高校2年間をほとんど練習だけに費やし、強豪校の4番にまで上り詰めた芳樹がこのまま終わるには呆気なさすぎる。
「はぁ……」
心の底からため息が出た。
芳樹のことも大事なんだけど、自分のことを忘れていた。
そもそも実家に帰って来た理由は、親に進路のことを話すためだ。
親に自分の進路のことを話したいのだが、いつ話すかのタイミングがわからない。
芳樹の件と、自分の進路の話を、ぐるぐると考え込んでしまい、壮大なため息が出てしまった。
「晃。家族団欒での食事中にため息なんて良くないぞ」
「そうよ。食事は笑顔で。ほらほら。ニコッてね」
ダイニングテーブルの正面に座る両親は、すっかり酔いがさめたらしく、親らしいセリフを放ってくる。
「うひゃー。大平さんの料理はとても美味しいですね」
「ほんと、あの頃から随分と成長して。もう、私なんて足元にも及ばないわねー」
「お義父様とお義母様のお口にあって良かったです」
料理を提供した有希は嬉しそうに声を弾ませて満面の笑みであった。
「この料理はこれに合うな」
「そうね」
2人は、プシュと音を立てて、なにかを飲んでいた。
「「ぷはぁ」」
一気に飲んだあと、両親は顔を合わせて言い放つ。
「飲む前にウコン」
「飲んだ後もウコン」
「あんたらウコン飲んでたの!?」
こちとらアンニュイな気分だってのに、目の前でボケてくるもんだから、我慢できずにツッコミを入れてしまった。
「え、あ、うん」
「飲んだわよ」
「ウコンに合う料理ってなに!? 有希に失礼だろ!」
変な褒め方をされて怒っているかと思ったら、有希は手を合わせて嬉しそうにしていた。
「今日のお料理は、肝臓の分解能力を向上、維持させるのを意識した料理となっております。L-カルチニン、ウルソデオキシコール酸、オロチロン酸などの成分が入っております」
「全然成分とか知らんけど、二日酔いに優しい料理そう」
そんな二日酔い特化の料理を、シラフの俺が食べたらどうなるのか。
「うん。いつも通り、めちゃくちゃ美味しい」
「少し緊張していて上手にできたか不安でしたが、晃くんのお口に合って安心しました」
「ごめんな。わざわざ実家まで来てくれた上に、こんな美味しい料理まで作ってくれて」
「全然です。お義父様、お義母様のお口に合うこともわかりましたので」
「有希の料理が美味しくないはずないもんな」
「え、えへへ。褒めすぎですよぉ」
「褒め過ぎなの? 当たり前のことだけどな」
「晃くんの悪い癖ですよ。私を甘やかしすぎです。そんなに言われると私、ダメになっちゃいます」
「ダメになった有希か。やっぱ見てみたいよなぁ」
「だ、ダメですよ! 一生晃くんのお世話をするのですから。晃くんがダメになるのは良いですが、私は絶対にダメになっちゃダメなのです」
「「あのー」」
正面からドン引きの両親の声が聞こえてくる。
「息子が目の前でイチャイチャする親の気持ち考えたことある?」
「あの有希ちゃんがこんなに……。私、嬉しくて泣けてきた」
確かに。息子のイチャイチャなんぞ見たくもないか。
「浄化しちまうよ。息子達の甘い空気にいたら浄化しちまう。母さん。酒」
「私も飲もっと」
「アアア! 待った! 待った!」
母さんが立ち上がり、冷蔵庫に直行するのを止める。
「なに? 今から、『有希ちゃんツンデレのツン卒業式』の祝い酒を飲むってのに」
「私ってツンデレなのですか?」
真っ直ぐな瞳で俺を見てくる。
「え? いやー……」
自覚のない本人になんと答えたら良いのかわからないので、彼女への回答はスルーしよう。
「とにかく! 座ってくれ。大事な話があるから!」
これ以上酔われると大事な話ができなくなってしまう。
芳樹のことは一旦保留にし、まずは進路のことを話すとしよう。
「あ、私への回答はフル無視で議決案が出されたのですね。良いでしょう。甘んじて受け入れます」
有希は話のわかる女だつた。
「ブーブー」
「親がブーブー言うな! みっともない!」
母さんは口を尖らせながらも、元の席に座った。
「コホン」
改めるために、わざと咳払いをし、進路について話す。
「俺、大学に行きたいんだ」
真剣な話題を上げると、父さんが優しい顔付きで言ってくれる。
「良かった」
父さんの言葉に母さんも、「そうね」と頷く。
「進路を自分で考えれるまでに心が回復して安心したよ」
「ほんと、中学生の頃は死んでしまうんかと不安でいっぱいだったわ」
「そう、だな。高校もほとんど正吾に引っ付いて行ったって感じで、あいつには本当に感謝してる。なにより……」
俺は有希の方を見てから両親に伝えた。
「心が回復したのは、有希のおかげだ。彼女が俺の人生を変えてくれた」
「晃くん……」
「俺、大学で野球がしたい」
自分の真剣な思いを両親に伝えると、流石に驚いている表情をした。そりゃそうだ。俺が心を壊した原因である野球を、もう1度やりたいと言っているのだから。
「別にプロになりたいわけじゃない。でも、野球から離れてわかったんだよ。やっぱ、俺って野球が好きなんだって」
父さんは少し考え込むように沈黙となり、母さんを父さんを見つめるように黙っていた。
「お義父様。関係のない私が口を挟む無礼をお許しください」
沈黙を破る有希は、頭を下げた後に俺を援護してくれる。
「私が彼の側にいます」
短い言葉の後に、にっこりと微笑んだ。
「ですのでご安心してください」
長い言葉をベラベラと喋るより、短い言葉でビシッと決める有希は、やっぱり歴代最高の生徒会長で、俺の最強のメイド様で、最高の彼女だった。
有希の言葉に両親は安堵の顔を見せてくれる。
「すまない。晃のやりたいことだ。否定はしないつもりだったんだが、まさか野球をしたいって言うと思ってなくてな」
「そう、ね。まさか、また野球をやりたいって言うとは思ってなかったわ。親子ね。野球バカなところ」
「正直、言われた瞬間は驚きを隠せなかったよ。また同じことの繰り返しになるんじゃないかって。でも、大平さんのストレートな言葉がずっしりと心に刺さった。どうか、息子の側にいてあげてほしい。もちろん、愛想が尽きたら離れてくれ」
「その可能性は皆無ですので、私が晃くんから離れることはありませんよ」
言いながら俺の手を繋いで両親に見せた。
「私が側にいる限り、過去の晃くんに戻ることは決してありません」
自信満々に言ってのける有希へ、両親はひたすらに頭を下げていた。
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