第129話 キミたちが羨ましかった
メダルゲームの仕組みはよくわからないが、パチンコみたいに数字が揃って、大量のメダルが放出された。
入れても入れても倍になって戻ってくるメダルを眺め、これが現金ならばどれほどまでに良いか、なんて夢みたいな妄想をしながら、終わらないメダルゲームを3人で夢中にプレイする。
手元には大量のメダルがあるのだが、もう飽きたので預けることにした。おそらくもう来ないであろうメダルを預けても、意味はないと思ったが、この量のメダルを放置して帰ったら店員さんに迷惑となる。
「晃くん、預かってくれないかい」
代表として芳樹が預けた後に、適当に作ったパスワードをLOINで送ってきやがった。
確かに、芳樹が来ることは少ないだろう。
「そ、そだねー。晃ちゃんが預かったくれた方が良いかな」
「おい芽衣。お前は……」
芽衣はこらからもゲーセンに来る可能性は高い。お前が預かっても良いのではなかろうか。
「よろしくー」
半ば強引に俺がメダルを預かることになってしまった。こいつ、面倒だから俺に投げやがった。
ま、別に律儀にまた来ないといけないわけでもない。預けて放置したらメダルが失効するだけだ。一応、ゲーセンに大量のメダルがあることは覚えておく程度で良いだろう。
♢
「じゃあね、晃ちゃん。また学校でー」
「は? あ、ああ。またな」
芳樹の家の前で、芽衣が小学生の頃にでも戻ったみたいな挨拶をしてくるので頭に?マークを浮かべながら手を振った。
3人で一緒にいるのは随分と久しぶりだったから、ついつい昔の挨拶にでもなってしまったのだろう。
それにしたって芽衣は2つ年下だから学校で顔を合わす機会が少なかったけど。
先に芽衣が家に入ると、芳樹が爽やかな笑顔で手を振ってくる。
「じゃあね晃くん。僕はいつでも空いてるから、また遊びに行こうよ」
「……は?」
この兄妹は去り際に俺を混乱させるのが趣味らしい。
「芳樹。なんの冗談だよ。お前は忙しいからそんな時間ないだろ」
強豪校の全寮制の学校にいて、遊ぶ時間なんてないはずだ。今は少し怪我をして実家で様子見をしているだけ。
「冗談じゃないよ」
笑えないほどいつも通りの顔で答えられてしまう。
「僕はもう、野球をやめたからね」
彼から発せられる言葉は、今まで聞いたどんな言葉よりも衝撃的だった。
思いっきりバットで頭を殴られた。そんな比喩表現が大袈裟ではないほどの衝撃だった。
「お、おいおい。冗談きついぜ。怪我して実家に帰って来たけど、今はただの様子見なだけだろ? もう大丈夫なんだろ?」
「あはは。やっぱりバレてたか」
笑いながら呟き、「うん」と思っているより、思っている以上に軽い返事が逆に不安を煽いでくる。
「まだ全快じゃないけど、足は治った。野球もできるって医者からは言われてる」
彼の言葉から、どうやら足を怪我してしまっていたらしい。それに野球も続けられる
「だったら、なんで……。春の甲子園に出られなくなって萎えたってか? 確かに、甲子園に出れないのは残念だけど、夏の大会があんだろ?」
詰め寄るように言うと衝突になるかもしれない。だけど、そのリスクを背負っても彼に詰め寄る。
だけれども、呆れるくらいに芳樹は芳樹だった。
「キミの気持ちが痛い程に理解できたんだ」
「俺の、気持ち?」
芳樹は、コクリと頷いて、3月の空を見上げた。
もう南の方では桜が咲いているっていうのに、この空は冬の空みたいに澄んで綺麗な夜空だった。
「足を怪我して、練習できなくて、チームに必要とされない。今までやって来たことを全て失ってしまう辛さ」
小さく笑うと、俺の目を見て言ってくる。
「晃くん。キミはこれを中学生で経験している。尊敬だよ。こんなの、僕が中学生だったら耐えられない」
嫌味ではなく、本当に尊敬していると言わんとする目で言ってくる。
「で、でも、俺とは違うだろ。俺は入学前の中坊が怪我したから必要とされなかった。芳樹はチームの4番だ。チームの主軸じゃないか。みんなに必要とされてるだろ」
「少し離脱したらすぐにレギュラーを奪われる。それはキミもよくわかることだろ」
彼の言葉が痛い程にわかるのは、俺が経験者だからだろう。
多少の年功序列はあるけれど、基本的には実力主義の強豪校。代わりの良い選手はたくさんいる。
「本当にキミの気持ちがわかるよ。怪我は治ったけど、その時にはもう自分の居場所はない。それがどれほどまでに辛いことか……」
彼の乾いた笑い声が響くと、いつも通りの優しい芳樹の顔で言われてしまう。
「晃くんの学校に転校しようかな。そしたらまた正吾くんと3人で一緒にいられる。正直、羨ましかったよ。僕もキミたちと一緒の学校で一緒に高校生活を過ごしたかった。何回も後悔したよ。どうして僕だけ野球続けてんだろって。甲子園だって、キミ達と一緒じゃないと意味がなかった。だから、良かったよ……。怪我して……。これで……」
段々声がか細くなっていく芳樹は、そのまま振り返らずに家の中に入って行ってしまった。
彼の思いに、今の俺がかける言葉が見つからず、立ち尽くしてしまった。
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