第129話 キミたちが羨ましかった

 メダルゲームの仕組みはよくわからないが、パチンコみたいに数字が揃って、大量のメダルが放出された。


 入れても入れても倍になって戻ってくるメダルを眺め、これが現金ならばどれほどまでに良いか、なんて夢みたいな妄想をしながら、終わらないメダルゲームを3人で夢中にプレイする。


 手元には大量のメダルがあるのだが、もう飽きたので預けることにした。おそらくもう来ないであろうメダルを預けても、意味はないと思ったが、この量のメダルを放置して帰ったら店員さんに迷惑となる。


「晃くん、預かってくれないかい」


 代表として芳樹が預けた後に、適当に作ったパスワードをLOINで送ってきやがった。


 確かに、芳樹が来ることは少ないだろう。


「そ、そだねー。晃ちゃんが預かったくれた方が良いかな」

「おい芽衣。お前は……」


 芽衣はこらからもゲーセンに来る可能性は高い。お前が預かっても良いのではなかろうか。


「よろしくー」


 半ば強引に俺がメダルを預かることになってしまった。こいつ、面倒だから俺に投げやがった。


 ま、別に律儀にまた来ないといけないわけでもない。預けて放置したらメダルが失効するだけだ。一応、ゲーセンに大量のメダルがあることは覚えておく程度で良いだろう。







「じゃあね、晃ちゃん。また学校でー」

「は? あ、ああ。またな」


 芳樹の家の前で、芽衣が小学生の頃にでも戻ったみたいな挨拶をしてくるので頭に?マークを浮かべながら手を振った。


 3人で一緒にいるのは随分と久しぶりだったから、ついつい昔の挨拶にでもなってしまったのだろう。


 それにしたって芽衣は2つ年下だから学校で顔を合わす機会が少なかったけど。


 先に芽衣が家に入ると、芳樹が爽やかな笑顔で手を振ってくる。


「じゃあね晃くん。僕はいつでも空いてるから、また遊びに行こうよ」

「……は?」


 この兄妹は去り際に俺を混乱させるのが趣味らしい。


「芳樹。なんの冗談だよ。お前は忙しいからそんな時間ないだろ」


 強豪校の全寮制の学校にいて、遊ぶ時間なんてないはずだ。今は少し怪我をして実家で様子見をしているだけ。


「冗談じゃないよ」


 笑えないほどいつも通りの顔で答えられてしまう。


「僕はもう、野球をやめたからね」


 彼から発せられる言葉は、今まで聞いたどんな言葉よりも衝撃的だった。


 思いっきりバットで頭を殴られた。そんな比喩表現が大袈裟ではないほどの衝撃だった。


「お、おいおい。冗談きついぜ。怪我して実家に帰って来たけど、今はただの様子見なだけだろ? もう大丈夫なんだろ?」

「あはは。やっぱりバレてたか」


 笑いながら呟き、「うん」と思っているより、思っている以上に軽い返事が逆に不安を煽いでくる。


「まだ全快じゃないけど、足は治った。野球もできるって医者からは言われてる」


 彼の言葉から、どうやら足を怪我してしまっていたらしい。それに野球も続けられる


「だったら、なんで……。春の甲子園に出られなくなって萎えたってか? 確かに、甲子園に出れないのは残念だけど、夏の大会があんだろ?」


 詰め寄るように言うと衝突になるかもしれない。だけど、そのリスクを背負っても彼に詰め寄る。


 だけれども、呆れるくらいに芳樹は芳樹だった。


「キミの気持ちが痛い程に理解できたんだ」

「俺の、気持ち?」


 芳樹は、コクリと頷いて、3月の空を見上げた。


 もう南の方では桜が咲いているっていうのに、この空は冬の空みたいに澄んで綺麗な夜空だった。


「足を怪我して、練習できなくて、チームに必要とされない。今までやって来たことを全て失ってしまう辛さ」


 小さく笑うと、俺の目を見て言ってくる。


「晃くん。キミはこれを中学生で経験している。尊敬だよ。こんなの、僕が中学生だったら耐えられない」


 嫌味ではなく、本当に尊敬していると言わんとする目で言ってくる。


「で、でも、俺とは違うだろ。俺は入学前の中坊が怪我したから必要とされなかった。芳樹はチームの4番だ。チームの主軸じゃないか。みんなに必要とされてるだろ」

「少し離脱したらすぐにレギュラーを奪われる。それはキミもよくわかることだろ」


 彼の言葉が痛い程にわかるのは、俺が経験者だからだろう。


 多少の年功序列はあるけれど、基本的には実力主義の強豪校。代わりの良い選手はたくさんいる。


「本当にキミの気持ちがわかるよ。怪我は治ったけど、その時にはもう自分の居場所はない。それがどれほどまでに辛いことか……」


 彼の乾いた笑い声が響くと、いつも通りの優しい芳樹の顔で言われてしまう。


「晃くんの学校に転校しようかな。そしたらまた正吾くんと3人で一緒にいられる。正直、羨ましかったよ。僕もキミたちと一緒の学校で一緒に高校生活を過ごしたかった。何回も後悔したよ。どうして僕だけ野球続けてんだろって。甲子園だって、キミ達と一緒じゃないと意味がなかった。だから、良かったよ……。怪我して……。これで……」


 段々声がか細くなっていく芳樹は、そのまま振り返らずに家の中に入って行ってしまった。


 彼の思いに、今の俺がかける言葉が見つからず、立ち尽くしてしまった。

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