第128話 無念を晴らすことはできないけども……
芳樹とゲームセンターに行くのなんて初めてだ。
中学まで、学校が休みの日は野球漬けの毎日で、芳樹は高校生になっても強豪校で毎日厳しい練習をしている。
そんな彼とゲームセンターに来るのは違和感しかなく、なんだか場違いな気がしてならない。
そんなことは気にもならないといった様子の芳樹は、初めてのゲームセンターに少年のように目を輝かせていた。
「芽衣。不良がいるかもしれないから、僕から離れるんじゃないぞ」
いつの時代の話をしているのやら。今時、そんな輩がいるとは思えない。それに、もしそんな時代錯誤の奴が存在していたとしても、芳樹のような大きな体の奴に喧嘩を売るほど、不良もバカではないだろう。
「あ、あはは……。頼りにしてるよ。お兄ちゃん」
芽衣は若干引きながらも、否定ではなく、尊重していた。
「晃くん! なにする!?」
芳樹の怪我の具合とか、どういう状況なのかとか、そういったところが気になって、ゲームセンターどころではないのだけど、こんな大男がこんなにも目を輝かせているのに、水を刺すわけにもいかない。
「レースゲームかな」
別に車が好きってわけではないけど、今はアクセル全開で峠なり高速道路を攻めたい気分であった。それに、爽快感のあるレースゲームをしたら芳樹の気分も晴れて、事情を話してくれると思った。
「よし! 太鼓叩きたい!」
「聞いた意味っ!」
やりたいことがあるのに、なんで一旦俺に聞いてきたんだよ。
「ふふっ」
芽衣はこちらのやり取りを見て、小さく笑っている。
彼の要望通りに、太鼓を叩くゲームをやることになった。
100円を2枚入れて、太鼓のバチを芽衣に渡す。
「兄妹仲良くやりな」
「ダメダメ。ここは幼馴染同士でやりなよ。ムービー撮ってあげるから」
「何が悲しくて野郎と太鼓を叩かなきゃならんのだ」
文句を言うと、隣で芳樹が変な構えを取って言ってくる。
「僕に負けるのが怖いのかい?」
「ゲーセンビギナーがほざきやがって」
簡単な挑発に乗ってしまう俺は、バチを構えて芳樹と似たような構えを取ってやる。
「お前にビギナーズラックはない。完膚なきまでに叩きのめしてやる」
「ジャイアントキリングって知ってるかい? 弱い者が強い者に勝つってやつさ。とうとう引導を渡してもらう時が来たみたいだね」
「お兄ちゃん達が異常なまでにダサい件」
芽衣がスマホを構えながらはっきりと言ってくる。宣言通りにムービーを撮っているのだろう。
選曲してどん的なことを言われて、芳樹が太鼓のふちを叩いて曲を決めようとしている。
そういえば、芳樹って音楽を聴いているのを見たことがないな。俺と正吾は結構好きで、最新からレトロなものまで幅広く聴いたり、どこのメーカーのイヤホンが良いとか話したりしたことはあったけど、芳樹からは1度もそういった話題を聞いたことがない。
「あった!」
どうやら探していた曲があったみたいで、テンションの上がった声を出す。
選んだ曲は……。
「ソーラン節……」
「今、僕が1番好きな曲さ。MDにも入っている」
「ちょっと待て。ソーラン節の時点でツッコミを入れようとしたんだけど、それ以上が来たわ。MDって……。どんだけ古いもんで聴いてんだよ。それならカセットテープで聴いてて欲しいわ。そっちの方がなんか良いわ。中途半端にレトロなもん出してくんなよ」
「MDとか超トレンドだろ?」
「なんなの? お前タイムトラベラーなの? 2005年くらいから遊びに来たの?」
「晃ちゃん。MDってなに?」
「ほらぁ。妹すら知らないじゃん」
「芽衣。MDを知らないなんて……。流行に疎くて兄ちゃん恥ずかしいよ」
「恥ずかしいのはお前だよ。あれは三十路過ぎた連中が青春時代を思い出して押し入れの中から引っ張り出すもんなんだよ。絶賛青春中のお前がMDを語ってんじゃねぇよ」
「ねぇねぇ。MDってなに?」
「音楽聴くやつだよっ! 当時は持ってるだけでクラスの人気者になれたとか変な都市伝説が回ったらしんだよ!」
芽衣に簡単に説明しながら、ソーラン節のリズムに乗って、バチで太鼓を叩きまくった。
♢
初めてのゲームセンターに大興奮の芳樹は、興奮がマックスになり、「ごめん。大」と、普段言わない単語を発してトイレに駆け込んだ。
俺と芽衣はゲームセンター内にある適当なベンチに座って彼の用を待つ。
「今日は無理に付き合ってくれてありがとうね。晃ちゃん」
「ん。あ、いや」
「本当はお兄ちゃんの怪我の具合を聞きに来たんだよね」
「まぁな」
頷いてから彼女へ問いかける。
「怪我したんだろ? 見た感じは平気そうだけど、芳樹は大丈夫なのか?」
「う、うん。先週まで入院してたんだけど……」
「入院!?」
そこまで大きな怪我をしていたのか。
「だ、大丈夫だよ。もうリハビリも終わって、今は様子見だってお医者さんが言ってたから」
「そ、そっか」
それなら一安心と、胸を撫で下ろす。
「ただ……春の甲子園に出られらなかったのはショックだったと思う。夏の大会には間に合うっぽいから表面上は優しい、いつものお兄ちゃんだけど、でも、高校球児にとって甲子園って特別でしょ? 春でも夏でも関係なく、甲子園って特別。その舞台に立てるチャンスを失って、かなり落ち込んでるとは思う」
「それは、そうだよな」
最後ではないにしろ、甲子園に出られる機会を失う辛さはわかる。
「お待たせ」
ドキッとしてしまい反射的に立ち上がる。
陰口ではないけども、本人のいないところでの話題だったので、少しの罪悪感が芽生えてしまった。
「どうかした?」
「晃ちゃんが、今度こそレースゲームしようって」
芽衣が空気を察して発言してくれるので、「そうそう」と流れを壊さないように肯定しておく。
「よし。じゃあ、今度は、メダル落としをしよう」
「なんでレースゲームしてくれないんだよ」
どういう心理なのか、レースゲームだけは一緒にしてくれなかった。
芳樹は、楽しそうにメダルコーナーに向かい、俺と芽衣は苦笑いで彼の後を追う。
春の甲子園を出れなかった無念を晴らすことはできないだろうが、一緒に遊んで少しでも気が紛れてくれることを願い、メダル落としを3人でプレイした。
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