第126話 春も夏も熱いのが高校野球
メイドが上半身裸で過ごしなさいと命令してくるので、ご主人様としてはその命に従わなければならない。
あれ? なんか立場が逆のような……。ま、良いか。
有希は母さんから借りたのであろうメイド服のまま、実家の俺の部屋を掃除してくれる。
その光景は今住んでいる家と変わり映えしないように思えるのだけど。
「むふ♡」
時折こちらを振り返っては、可愛く鼻息を鳴らしている。
最近、有希が変態化している気がするが、上半身裸の男子が口に出して良い案件ではない。
今住んでいる家同様、みるみるうちに部屋が片付くと、ここは本当に俺が今まで住んでいた部屋なのかと思うほどに綺麗になった。
「すげー」
「ふふ。流石は晃くん専属メイドでしょ。ご褒美によしよしさせてあげますよ」
それは頭を撫でろという意味なのだろうとすぐに察し、手を伸ばして彼女の頭を撫でてあげる。
「えへへ」
上半身裸の男に撫でられているのに、手懐けたネコみたいに、ご主人様大好きオーラを出しながら大人しく撫でられている。どうやら有希のやつ、ガチでトップレスフェチになっちまったみたいだな。
この夏、海やらプールに行ったらどうやることやら……。
♢
部屋の掃除をしてくれたので、結構時間が経過したと思ったのだが、1階のリビングではまだ両親がダイニングテーブルで、強烈ないびきをかいて寝ていた。
進路相談に来たんだけど、一向に事が進まない。
どうしようもない両親を待つことになった俺達は、部屋にある暇つぶしにテレビを点けてみた。
春休みといえど平日。お昼のワイドショーが流れている。
カチャカチャとチャンネルを変えていくと、「お」と声を漏らしてしまった。
「選抜やってるな」
「春の甲子園ですね」
テレビには、引きの絵面で甲子園全体が映し出されており、球場職員さんがトンボを持ってグランド整備をしている様子が映っている。
どうやら、第1試合が終わり、今から第2試合が行われる前らしい。
「そういえば晃くん」
「ん?」
「高校野球って、春の甲子園よりも、夏の甲子園の方が盛り上がってますよね? それってなにか違いでもあるのですか?」
素朴な疑問が飛んで来た。
そりゃ野球をやっていない人からすれば疑問だろう。
「色々と理由はあるな。個人的にだけど、夏が1番盛り上がる理由は、3年が最後の試合になるかも知れないっていうことだと思う」
負けたら終わりのデッドオアアライブ。勝ち続けなければ即引退の緊張感。それが本当に切なくて尊いんだよな。
「負けてしまった3年生が悔し涙を流すのは当然なんだけど、意外と1、2年生も号泣するんだよな。最近は学年関係なく仲が良いから、大好きな先輩と野球できなくなる切なさで涙を流して、来年は先輩達に恥じないように強いチームになるって心に決めて絆が深まる」
「やっぱり高校野球は熱いですね」
「春の甲子園は、春の甲子園で熱いよ。負けたら、『夏に絶対帰って来る』って誓いを決めて、より一層練習に身が入るからな」
「それも中々に熱い展開ですよね」
「だな」
あとの違いは……と頭の中で考えながら思いついたことを彼女へ説明する。
「春の甲子園は秋の地区大会の成績とかを見て選考委員会が出場を決める選抜方式なんだよな。だから、別に地区大会で優勝しなくても出れる可能性があるんだわ。でも、夏の大会はトーナメント方式。優勝したチームが甲子園に行くから、盛り上がるんだと思う」
「へー」
感心したような声を漏らしながら、テレビを見る有希につられて、俺もテレビに視線を送った。
「うお。芳樹の学校かよ」
試合前の出場チームの紹介で、丁度芳樹の学校が紹介されていた。流石は甲子園常連の名門校。甲子園で見かけない方が少ないくらいのとんでもなく強い学校だ。
「晃くんのお友達の学校ですよね」
「そうそう」
以前なら嫉妬心にかられていただろうが、今は平常心で見れる。これも有希のおかげだなと思いながら、スターディングオーダーを眺めた。
「ん……?」
先発メンバーを見て声が漏れてしまう。
4番サードに岸原芳樹の名前があるだろうと思ったのだが、1~9番までの打順に芳樹の名前はなかった。
もしかしたら、調子を崩してのベンチスタートなのかと思ったが、ベンチ入りメンバーにも芳樹の名前はなかった。
「嘘、だろ……」
去年の夏の大会、唯一の2年生スタメン。実力は誰よりもあっただろうが、多少の年功序列があっての7番。しかし、今は最高学年になり、遠慮なく4番で、秋の大会のバンバン打ちまくってた芳樹がベンチ外……。
「晃くん?」
見間違いか、名前を変えているんだと思って、テレビにかじりついた、ベンチに座っている選手達を見るが、そこに芳樹の姿はなかった。
「なんの冗談だよ……」
俺はスマホを取り出して、高校生になって初めてこちらから芳樹へLOINを送った。
『なにかあったのか?』
その文章を送るとすぐに既読がついた。
即既読ということは、芳樹は甲子園のスタンドにもいない証拠。もし、スタンドで応援しているのなら、スマホを出したら怒られる。それほどに厳しい学校だからな。
しかし、寮にいるとは考えにくい。芳樹だけを残すことはしないだろう。
可能性としてかなり高いのは、怪我をしての入院。これが濃厚だろう。
そんなことを考えていると、すぐに返信が来た。
『キミからなんて珍しいね。今、実家にいるんだ。晃くんも春休みだろ? 暇なら遊びにでも行かないかい?』
「実家……? 遊び……?」
怪我をしていると思っていたので、そんな文章が書いてあり焦ってしまう。
遊びには行かないけど、実家にいるなら状況を聞きたい。
しかし、今は有希といるし……。
「晃くん。私のことは気にしないで良いですよ」
まだなにも言っていないのに、見透かしたように優しく言われてしまう。
驚いた顔をしていると、小さく笑われてしまう。
「そりゃその反応と呟いた声でなんとなくわかります。晃くんのお友達が試合に出てなくて、なにかあり、実家にいるのですよね?」
「あ、ああ……」
「でも、私と一緒にいる。それで悩んでいるのなら、私のことはお気になさらずお友達に会いに行ってください」
「有希に無理言って来てもらってるのに」
「それは進路の話しと、美咲さんが私に会いたかったからですよね。しかし、美咲さんは酔いつぶれてしまっております。彼女が起きるまでは時間がかかりそうですし、その間にお友達に会いに行ってください。せっかくの地元ですし、数少ないお友達が困っているのでしたら、行った方が良いですよ」
「良いのか?」
「はい。美味しいご飯作って待ってますね」
「ありがと」
有希の言葉に甘えて、俺は部屋を出ようとすると、「ちょっと」と止められる。
「上半身裸で行ったら捕まりますよ?」
「誰のせいだよ……。はっくしょん!」
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