第125話 ファッションショーは奇抜なファッションが多い

 酔っ払い2人は机に突っ伏し、ガーガーといびきをかいて眠ってしまった。


 進路の話をしたかったのに、これじゃどうしようもない。


 酔いつぶれている大人を無理に起こしたら面倒くさそうなので、彼等が起きるまで適当に時間を潰さなければならない。


「晃くんのお部屋見てみたいです」


 クレイジーな両親を見ても、ドン引きしない有希の要望。ちょっと恥ずかしいが、ドン引きしないでくれている有希に断わりを入れることはできない。


 というわけで、2階にある俺の部屋へと向かうことにする。


 リビングを出て、廊下を歩いていると、ふと有希が立ち止まった。


「お義父様は凄いお方なのですね」


 廊下にあるディスプレイケースを指差して有希が尋ねてくる。


 その中には、新人王を取ったトロフィーや、初勝利を収めた時のウイニングボールがあったり、リーグ優勝した時の写真やら、父さんのプロ野球での記録が飾ってある。


「若い時はピッチャーで凄かったみたい。それでも、先発のローテーションに入れなかったり、1軍と2軍を行ったり来たり、怪我したり。安定したスター選手じゃなかったらしいけどね。でも、初めて母さんと見た父さんの試合は完投してたな。今思うと、あの試合が野球を始めたきっかけかも」

「晃くんはお義父様に憧れて夢を描き。私はお義母様に憧れて夢を描く。ふふ、そう思うと晃くんの両親は偉大ですね」

「人に夢を与える人間ってのは偉大だよな」


 自分の両親自慢な言い方になってしまったが、有希は頷いて肯定してくれた。しかし、顔色を曇らせてディスプレイを眺める。


「晃くんのご両親はこんなにも立派な方々だというのに、ウチの両親は……」


 曇った顔色がこわばっていき、吐き捨てるように言葉をこぼす。


 ガラスに薄く映った自分の顔に気が付いて、彼女は消しゴムで自分のこわばった表情を消すように、首を横に振った。


「晃くんのお部屋に行きましょ」


 さっきの表情を消し、いつも通りの綺麗な笑みでこちらを見てくれる。


「うん。こっちこっち」


 両親の愚痴があるのならば、いくらでも聞き手に回るが、今はそんな気分ではないみたいだ。


 彼女が両親を嫌っていることを知っている手前、掘り返す話題でもない。先程のことは見なかったことにして、彼女を誘導しながら階段を上がって行く。







「はぁ……」


 部屋に入った途端、有希のため息が8畳の部屋に響いた。


 彼女は手を額に持って行き、呆れた様子で言い放つ。


「すっかり忘れてましたが、晃くんは家事ができない系男子でしたね」


 部屋の状態を見て、ため息交じりで言われてしまう。


「うそ。これ、だめなの?」


 出て行く前に綺麗に掃除した。今だって足の踏み場がちゃんとある。

だが、どうやらだめらしい。


こちらの問いかけを無視して、有希は部屋の片隅にある服の山の中から1着手に取って見せてくる。


「服のお家はどこですか?」

「クローゼット」

「知ってるならクローゼットに入れてくださいよ!」


 言いながら有希はクローゼットを開けた。


「なんでクローゼットの中なにもないんですか!?」

「クローゼットにはなにも入れない派だ」

「服を入れてください! てか、なんですかこの服!」


 言いながら、改めて持っている服を見せてくる。


「かっこいいっしょ?」

「どこがです!? 適当に翻訳された英語がそこら中に書いてあって、無駄にドクロ蛍光色で光ってるし、意味不明なネックレスが備え付けてある、クソダサじゃないですか!」

「これで中学の修学旅行に行ったのは良い思い出だな」

「これで!? え? ちょ、ちょっと待ってください。修学旅行……。クソダサシャツ……。導き出される答えは……」


 有希は俺の学習机に目をやると、「ああああああ!」と悲鳴に近い声を上げた。


「やっぱり! 龍が巻き付いてる剣のキーホルダーがありますうう!」

「かっこいいしょ?」

「正気の沙汰じゃありませんよ!? ファッションセンスないのですか!?」


 酷い言われようだ


「おいおい。ファッションってのはなにも流行だけを着ているのがファッションじゃあねえぜ。モデルとアイテム合わさって、ようやくのファッションだ。そのファッションにも合う合わないが存在する。十人十色。白が200種類あるのと一緒だ」

「ファッションセンスないくせに、やけに説得力のある言葉……」


 有希は、ブンブンと首を振り流されかけていたのをなんとか止まる。


「い、いや、これはダメでしょ! 実際、着てみてください」

「守神晃のファッションショーの始まりかい? 良いぜ。惚れるなよ」

「もう惚れているのですが、冷める可能性がありますよ」

「ばぁか。お前の好きの限界値を壊してやるよ」

「あ、はい」


 あかん。有希の奴、若干冷めてる。これは、この良くわからない翻訳シャツを着て、男らしさをアピールしないと。


 俺は早速と上着を脱いでいく。


 別に全部を脱ぐわけではないので、いちいち出て行かなくても良いだろう。


 実際、有希も上だけだし気にしていない様子だ。


 服を適当に置こうとしたら、流石はメイド様。すかさず俺の服を預かってくれる。そして、翻訳シャツを渡そうとし、その手が止まる。


「あの」

「ん?」

「晃くん。かっこいいです。好きです」

「え? まだ服を着てないけど?」

「トップレスの晃くん、めちゃくちゃ好きです。私は別に筋肉フェチではありませんが、鍛え抜かれた体があなたの人生を物語っており、めちゃくちゃ尊いです。大好きです。好きの限界値を余裕で超えました。好き過ぎて頭おかしくなりそうです。ほんと抱いてください」

「おいおい。本番はこれからだろ」

「前菜で十分なんです。これ以上はいらないです」

「頭、晃くんでいっぱいにしてやるから、覚悟しろよ」

「あ、ちょ……」


 俺は有希から翻訳シャツを受け取り、着ると同時にポージングをしてみせる。


「あ、あー。はい。あー。ね……」


 なんとも言えない微妙な反応。これはもう少し押せばいけるかも。


「ここで龍のキーホルダー、ドーン!」

「いらんいらん! いらんです! それは邪魔! 置いて! 早く!」

「あ、は、はい」


 圧のある言葉に、素直に従い、龍のキーホルダーを置いた。


「はいはいはい。なるほどなるほど」


 美術館で絵画を見ている人みたいに、有希が俺の周りを1周する。


「はい。わかりました」

「惚れたろ?」

「今すぐに捨てなさい」

「え? あ、いや、これ、気に入ってた……」

「これはお願いではなく命令です。今すぐに捨てなさい」


 口調はかなり柔らかいが、恐怖を感じてしまう。逆らうと俺は死ぬことになるだろう。


「は、はい……」


 言いながら俺は服を脱いだ。


 トップレスになると、有希が俺に抱き着いてくる。


「ああ……♡ これこれ……♡」


 さっきとはまるで反応が違う甘い声。そこには恐怖を感じることはなく、ただただ暴力的に砂糖を入れただけの、甘ったるい声が部屋に響く。


「これからは上半身裸で過ごしなさい」

「うそだろ。おい。常に上半身裸とか……」

「これはお願いではなく命令です」

「は、はい……」


 ま、有希のこと大好きだから、有希が裸になれっていうのなら裸で過ごすか。

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