第122話 夜中の訪問者

 もう日付が変わろうとしている時間帯。


 時計の針は2月の終了を告げるように動いており、3月の足音がもうそこまで聞こえてきている。


 それは有希の誕生日の終了を告げることを意味していた。


 クリスマスのはしゃぎようから、誕生日も無邪気な有希が見られると思っていたので、ちょっとばかし残念ではある。


 でも、誕生日プレゼントは渡せたし、おめでとうの言葉も贈ることができたので、贅沢は言うまい。


 もうすぐしたら有希も落ち着くと言っていたので、それまでは愛犬のように素直に待つさ。


 今日もちょっと寂しい家の中、冷たいベッドへと潜り混む。ベッドフレームに置いてある、シーリングライトのリモコンを操作して部屋の電気を消したら就寝へと移る。


「はっきゅしょん!」


 お風呂に入ったはずなのに、ちょっと寒かった。




 ♢




 ガサガサと布団が擦れる音がして目が覚めてしまう。左肩を下にして眠っていると、背中の方から妙に温かい感触と共に石鹸の香りが鼻筋を通ってやってくる。


「んぁ……?」

「あ、すみません。起こしちゃいました?」

「んだ……。有希か……。めっちゃ良い匂いしたからなにごとかと思ったわ……」

「めっちゃお風呂入りましたからね」

「うぃ……」


 どうやら有希がベッドに入って来たみたいだ。


 彼女の温もりと、お風呂上りのような香りに包まれて2度目の快楽へと身を委ねる。


「──なにしてんの?」


 うん。冷静になった。


 この子、なにしてんの? ここ、俺のベッドだよね。


「添い寝です」

「見たらわかる。いや、実際見てないけどさ。声が聞こえるし、背中温かいし、めっちゃ良い匂いするし。感触だけでわかるからな」


 今日はやたらめったら彼女の体温を感じられた。


「めっちゃお風呂入りましたからね」

「さっきから、やたらと風呂に入ったアピールしてくるやん」

「お風呂に入らない方が好みでしたか?」

「どっちでもOK」

「うわ……」

「あの、有希さんやい。引かれると辛いものがあるのですが……」

「いえ。スカトロもいけるご主人様にちょっと抵抗がありました。ですが大丈夫です。秒で大好きになりましたから」

「秒で? ありがとう。嬉しいよ」

「晃くんのフェチはなんでも受け入れます」

「嬉しいな……」


 カチカチっと物静かな部屋に秒針を刻む音だけが響く。


「じゃないんだな」


 更に冷静さを取り戻してから言ってのける。


「スカトロではない、と?」

「その話じゃないし、そもそも俺はスカトロ好きじゃないからね。勘違いしないでよね」

「そうなんですか?」

「なんで俺がそういう趣味みたいになってるんだよ」

「見た目?」

「俺の彼女が見た目で人を判断してくる」

「彼女……。ふふ……。彼女」

「未だに彼女という言葉で照れてる俺の彼女が可愛過ぎる件」

「なんで今のが照れてるとわかったのですか?」

「背中の体温が一気に上がったから」

「私が照れることにより、晃くんを温められるのならばメイド冥利につきます」

「俺を温めてくれてるの?」

「当然です。正門で待たせ過ぎて心配していたので……」

「大丈夫。有希が来てくれてめちゃくちゃ温まったよ」

「良かったです」

「この添い寝の目的は、俺を温めてくれてるってことか」

「違います」

「違うの!?」


 ガバッと体だけを起こして有希の方を見る。それに続いて彼女も起き上がった。


 暗闇に目が慣れて、彼女の存在を確認できると、学校の指定体操服に髪を2つに結ぶカントリー系のツインテール姿だった。


「なんで体操服?」

「最近忙しくて、洗濯ものが追い付いておらずでして」


 なるほど。寝間着代わりか。


「その髪型良いな」


 褒めると、自分の髪の毛を持ちながらはにかんだ。


「晃くんはこういう髪型が好みですか? だったら、今後これで行きますけど」

「いや。こういうのは普段ストレートにしている子が、体育の時とかに結ぶから良いんだ。それはポニーテールでも、サイドポニーでも、ツインテールでもなんでも良い」

「夜中に髪型のフェチを聞かされる彼女の気持ちを考えてください」

「夜中に体操服でベッドに潜り込まれる彼氏の気持ちを考えてください!」

「その心は?」

「興奮して眠れません」

「作戦成功です」

「なぬ!?」


 作戦成功と聞かされて、目的があることに気が付く。


「さては……。もうすぐ学期末テストだから、ライバルである俺を陥れ確実に学年1位を我が物にしようとしているな!?」

「いやいや。いやいやいや。自分で言うのもなんですが、成績の差は雲泥の差」


 そこは素の反応で否定される。


「うう……。頑張るもん。有希に成績追いつけるように頑張るもん」

「またやります? 最強テスト対策」

「……あっふっ!!」


 思い出しただけで吐血しそうになる。以前やったスパルタ教師有希ちゃん真冬の講師編は超絶ハードだったからな。あれをもう1回とか仮病使うしか選択肢はなくなる。


「いや! 添い寝の目的なんなの!?」


 温めることが違うのであれば、一体なにが目的というのだろうか。


「今日、誕生日だから一緒に寝たいと思っただけです」

「へ?」

「だから今日、誕生日なんです!」

「何言ってんだよ。それはもう過ぎただろ」


 指摘すると、「ちっちっちっ」と指を振られてしまう。


「閏年生まれの効果発動です。もう曖昧だからどっちゃでも良いです」

「おいおい。そんなんアリかよ」

「アリなんです。誕生日を祝われたことがないから知りませんし、ネットにもゴタゴタ書いてましたが、もうわかんないです。なので本人が決めることにしました。私が誕生日といえば誕生日なのです!」


 流石はチートプレイヤーの有希。ゴリ押しが過ぎる。


「というわけで、今日が私の誕生日ということなので、来ちゃいました♪」


 茶目っ気たっぷりに言ってのけた後、すぐに布団に潜り込んでしまう。


「私利私欲がすごい」

「確かに。私は一体、なにをしているのでしょう……」


 あ、冷静になった。


 今の適当な俺の言葉がダメージになったみたい。


「うう……」


 唸り声を出しながら、彼女が少し語ってくれる。


「最近、晃くんと一緒できなくて、自分の誕生日も忘れていて、でも、今日も一緒に過ごせないのがわかってしまい……。晃くんに落ち着くまで待っててとか言ったのにも関わらず強引に来て……。大好きな人の睡眠を邪魔してしまい、昨日誕生日プレゼントをもらい、お祝いの言葉もいただいたのに、今日が誕生日だとか言いぬかし」

「やってること自体は結構メンヘラだね」

「ぐさっ」


 お手製のサウンドエフェクトが布団の中から聞こえてきた。


「でもさ」


 よいしょっと布団を剥がすと、そこにはツインテールのお姫様が眠ってらっしゃった。


「有希が今日誕生だって言うのなら、今日は朝までずっといよう」


 2人して布団の中に潜り込んだ。


「今日が誕生日なら改めて言わないとな。有希。誕生日おめでとう。これからもよろしくお願いします」


 真っ暗で彼女の顔なんて見えないけども、その顔が真っ赤になっているのはわかった。


 だって、布団の中の温度が一気に上がったから。


 冷たかった体は随分と温かくなった。

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