第121話 どっちがご主人様かわかったもんじゃない

 担任である猫芝先生の、相変わらず早い帰りのHRが終わった瞬間後ろを振り返る。


 少し勢い良く振り返ったので有希が、ビクッとしてしまっていた。


「どうかしました?」


 無意識にその反応を悟られないよう、いつも通りの落ち着いた声で尋ねられる。


「今日は一緒に帰れる?」


 無理だと思いながらも誘ってみる。


 こちらの誘いに、本当に申し訳なさそうな顔をして頭を下げられてしまう。


「すみません。今日も生徒会がありまして、その後、喫茶が……」


 バイト禁止の学校で、大声でバイトがあるとは言えない。隠語ではないが、喫茶と略すだけで、メイド喫茶のバイトがあることがわかる。


「本当にすみません」


 改めて謝れてしまい、その心が、本当に申し訳ないことを示しているのがわかる。


 俺は、ぶんぶんと手を振ってから頭を下げる。


「こっちこそごめん。忙しいのわかってて誘っちゃって」

「とんでもないです。晃くんが謝ることなどなにもありません。悪いのは私なのですから」

「いやいや。有希はなにも悪くないよ。でも、そっか……」


 答えのわかっていたことなので、さほどショックではない。


 内心ではそう思っていたが、どうやら外観はそうではなかったみたい。


 有希は目を細めると、スッと手を伸ばして俺の頭を撫でてくれる。


「ごめんね。もう少ししたら落ち着くから、それまで待ってて」

「わ、わん♪」


 まるで飼い犬みたいな返事になってしまった。というか、まじで犬みたいな返事になってしまった。それほど、今の有希はご主人様感が強かった。


 撫でてくれた手を離されてしまい、つい名残惜しそうな表情をしてしまうと、有希は優しい笑みで言い放つ。


「落ち着いたら、ずっと一緒にいようね♡」


 あかん。可愛過ぎるし、楽しみ過ぎる。


「は、はいぃ♡♡」


 骨抜きにされた声が出てしまい、有希は妖精みたく、儚く消えるように教室を出て行ってしまった。


 先程までの出来事は幻だったのではないかと錯覚するほどの幻想的な雰囲気だったが、彼女の残り香を感じることができる。大丈夫。現実だ。


「晃」


 妖精が消えたかと思ったら、次はバカが現れた。


「一応、お前がご主人様って設定じゃなかった? 完全にお前が眷属だったぞ」

「お前もメイドの尻に敷かれてみろ。たまらねぇぞ」

「いや、このご時世にメイドのいる高校生なんて晃くらいだから無理だろ」


 バカに論破されてしまった。







 しっかし有希の奴、今日が自分の誕生日だとわかってんのかな。


 もしかしたら忙し過ぎて気が付いてない可能性があるよな。誕生日を祝われたことがないって言っていたし。

 加えて、彼女の誕生日は閏年だから、今日は本当の誕生日ではないというか……。


 そうだとしたら、今日は喫茶でのバイトがあるので家には来れないだろう。だったらプレゼントを渡すことができない。


 白川からのアドバイスである、正門出待ちを実行するしかないな。


 せっかくの誕生日。日をずらしてプレゼントを渡すのは、やっぱり違うし。


 馬鹿正直に、ずっと正門で待つこともない。


 というわけで一旦教室で待機をしている。


 なんだかんだ正吾も一緒に残ってくれていると、「近衛と守神が残ってるなんて珍しい」なんて言われつつ、円陣で駄弁り大会が始まった。


 いつもは早く帰るので、意外と教室に残っている人って多いんだなって思う。


 しばらく雑談をして、正吾の案で人狼をして時間を潰すと、流石に良い時間になる。


 正吾とクラスメイト達とバイバイをしたら、シンっと静まり返った教室内。


 グラウンドの方から運動部の練習風景が見える。


 サッカー部と野球部が半分こしてグラウンドを分けており、サッカー部の練習着を着た人と、野球部の練習着を着た人が軽く喋ってるのを見ると、仲直りしたんだなって思う。


 そして、バックネットの方を見ると、スカートを靡かせてノッカーをしている女の子がいたので、つい吹き出してしまった。


「白川。まじでノッカーしてんのかよ」


 呟くと、まるでそれがスイッチになったかのように、「あら」と聞き慣れた大人の女性の声が聞こえてくる。


「守神くんが残ってるなんて珍しいね」

「先生」


 担任の猫芝先生が、ガチャで最高レアを引いたかのような反応を見せ、こちらに寄ってくれる。


「どうしたの?」

「先生には酷な理由です」

「大平さんと待ち合わせって言いたいの?」

「流石は先生。ご名答です」

「くそ。青春しやがって……」


 大人の女性のマジの舌打ちは怖い。


「青春くそ野郎はさっさと教室から出て行ってください」

「すみません。ほんと、すみません。調子乗りました」


 すかさず謝ると、「あ、ごめんね」と先生に言われてしまう。


「教室閉める時間だから」

「あ、あーね。はい。出て行きます」


 そりゃ放課後のいい時間になってきているんだから施錠するわな。


 俺は鞄を持って、いそいそと出て行こうとすると、「守神くん」と呼び止められる。


「はい」

「先生も守神くんの進路先、探してるんだけど。親御さんにもちゃんと相談しなよ」

「あ……」


 先生の発言に声が出てしまう。


「忘れてた?」

「すっかり」

「大学の費用とか、奨学金とか、なんにせよ親御さんの協力が必要なんだから、ちゃんと相談しなさいね」

「はい。しておきます」


 先生に現実的な、でも大事なことを注意されて、素直に返事をしてから教室を出た。







 親への進路相談は、とりあえず保留だ。


 今は有希へプレゼントを渡すことを考えないといけない。


 教室である程度待ってから、正門で待とうと思っていた。


 しかしながら、予想よりも早く追い出されてしまったな。


 一応有希の靴を確認しておいたが、予想通り。まだ靴はある。


 生徒会がいつまでやるのかはわからない。


 LOINで聞くのは、先に帰ってと言われた手前聞きづらい。


 靴はあるわけだし、正門で待っていればそのうち来るだろう。今のご時世スマホがあるから暇つぶしができる。


 ──なんて思ってた時期が俺にもありました。


「さみぃ……」


 もう3月は目の前と言えど、まだまだ凍えるような冷たい風が吹く。

 そんな中、手を出し続けるのは無理だ。ポケットに手を突っ込むが、暖がとれるほどではない。

 それに、家が近いので、防寒対策をほとんどしてない。そんな準備不足の中、正門で待ち続けるのはハードモードであった。


 だが、ここで諦めたらいつプレゼントを渡すってんだ。

 寒いのがなんだ。漢を見せろ守神晃。こんなもん、シニアの練習に比べたら屁でもない。


 とかなんとか強がりつつも、ブルブルと震えながら待つこと1時間。


 日が徐々に沈んできて、だんだんと薄暗くなってきた頃。部活終了を告げるチャイムが鳴り響く。


 薄暗い中をこちらへ歩いてくる、目立つ銀髪の美少女が見えた。


 お互いの存在に気がつくと、彼女の方が長い銀髪を靡かせて正門の方へと駆け寄って来てくれる。


 薄暗い中、キラキラと光るように靡く銀髪が幻想的で、一瞬寒さを忘れられた。


「晃くん!?」

「ゆ、有希……。お、お疲れぇ」


 ブルブルと震えながらも無理をしながら労いの言葉を送る。


 ガシッ。


 こちらの震えに気がついた有希が手を握ってくれる。


「冷たい……」


 俺の手は、普段冷たい有希の手よりも冷たくなっていたみたいだ。


 そして、震える体を見て、少し怒ったような表情をした。


「ばか! こんなになるまでこんなところで……。なんで先に帰ってなかったんですか!」


 俺の冷えた体を本気で心配してくれるからこその怒った声。


「渡したいもんがあったからな」

「渡したい、もの?」


 鞄の中から彼女への誕生日プレゼントを渡した。


「誕生日おめでとう」


 言いながら渡すと、キョトンとした表情を浮かべていた。


「たん、じょうび……?」


 有希は慌ててポケットに入れていた手帳を取り出して調べる。


「そっか……。今日、28日で……。明日は3月1日で……」

「あはは。やっぱり忘れたな」

「……」


 パタンと手帳を閉じて、ポケットにしまうと、そのまま俺を包み込むように抱きしめてくれる。


「ばかですか……。私の誕生日なんてどうでも良いのに」

「ばかはそっちだろ。今月の目玉イベントは、修学旅行でも、バレンタインでもなくて、有希の誕生日だ」

「こんなところで待ってて、晃くんが風邪でも引いたらどうするんですか?」

「そん時は有希が看病してくれる」

「ズルい人です。断れないのを良いことに……」


 ギュッと抱きしめてくれる力を強めてくれる。


「早く温めないと」


 表面的な温かさではなく、心から温まる抱擁に酔いしれそうになったが、ここはグッと我慢した。


「いや、確かに温かいし、ずっとこうしてたいけどさ」

「不服です? しかし、あなたが離れたくても離れてあげませんよ。温まるまでこうします」

「そんなこもはない。でも、バイト行かなきゃ行けないだろ?」

「そんなことより、今は晃くんを温めるのが優先です」

「そこは流石にバイト優先してくれ」


 バイトに遅刻すると他の人の迷惑になる。


 指摘すると、俺の腕にしがみついてくる。


「では、これで帰りましょう」

「歩きにくくない?」

「承知の上です。歩くことよりもあなたを温めるのが優先ですので」


 0距離での超密着での帰宅は、いつもよりも時間がかかったが、久しぶりに有希を感じることができて、かなり嬉しかった。







 鈍行で帰ってきたマンション前。


「駅まで行くよ?」

「だめ」


 即答されてしまい、名残惜しいけど、0距離超密着が終点を迎えてしまう。


「確かに。このまま歩いてたらバイトに遅刻しちまうか」

「そんな理由ではありません。できることなら、私だってこのままいたいですけど」


 寂しそうに言いながらも続けて言われる。


「晃くんの体が心配です。帰ったらすぐにお風呂に入ること。わかりましたか?」

「わかったよ」


 俺の体を気遣ってくれているみたいなので、素直に返事をするけど、やっぱりどこか寂しい気持ちになり、拗ねたような声が出てしまう。


 瞬間、有希はソッと近づいてきて、背伸びをした。


 チュッ。


 軽いキスをしてくれて、恥ずかしそうに1歩、2歩と距離を取る。


「ごめんね。自分の誕生日忘れてて……。でも、晃くんが覚えていてくれて、プレゼントもくれて、すごく嬉しかったよ」


 ニコッと可愛らしい笑みを見してくれる。


「今日は、これで許して♡♡」

「は、はいぃ♡♡♡」


 許すもなにもないけど、こんなことされたら、言うことなんでもきいてしまうわ。


「では、行ってきますね」

「行ってらっしゃいませ」


 手を振って彼女を見送った。


 ほんと、どっちがご主人様かわかったもんじゃないけど……。


 メイドの尻に敷かれるのって、たまんないな。

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