第123話 実家への挨拶はメイド服でしょ

 学年末テストが終了した。


 今回、赤点者は少なかったみたいだ。


 前回の期末テストは数学が鬼のような問題で赤点者が爆増していたようだが、今回はまともな内容だったな。あれはやっぱり数学の先生によるクリスマスへの陰謀だったことがわかった。


 無事に赤点を回避できた特典は、補習なしの春休み切符。

 当然と言えば当然の権利だが、留年が危うい生徒は春休みを使って先生の課題を受けなければならない。

 それでも課題をやれば上げてくれるのだから、まだ高校は優しいと言えるだろう。


 そんなこととは縁遠い俺と有希は、春休みに入り、いつも通りに俺の家で過ごしていた。


 卒業式も終わり、春休み明けにある新1年生の入学式の準備もほぼ終わったようだ。


「約束通り、春休みはずっと一緒ですね♪」


 2月はかなり忙しく、中々一緒になれなかった有希から、嬉しい言葉をもらった時だ。


「ごめん。実家帰るわ」


 いとも簡単に彼女を裏切ってしまい、彼女は唖然とした表情をしていた。


 付き合う前は、ムッとした表情が多かったけど、付き合ってからは、コロコロと顔が変わるメイド様である。


「す、すす、捨てないでください!」


 すがるように俺の腕にしがみついてくる彼女の顔は泣きそうであった。


「ちょ……」

「もっと稼ぐから! 私、晃くんのためにもっと稼いでくるから! だから捨てないで!」

「ホストにハマった地雷系メンヘラ女子!?」


 歴代最高級の生徒会長が実は地雷系メンヘラ女子なんて、なんかそれはそれでありそうな設定だ。しかしながら、地雷系メンヘラ女子を名乗るにしては妖精要素と美少女要素が強すぎる。


「髪も汚い銀色で、地雷系を思わせるでしょ?」

「綺麗だよ! めちゃくちゃ綺麗なプラチナ髪だよ! もう宝石だよ!」

「あ、ありがとうございます」


 ちょっと照れながら自分の髪の毛を触る。


「晃くんに褒められるのは嬉しいのですが、やっぱり私はこの髪が嫌いです……。でも、毛染めは校則違反ですし……」

「髪の毛染めると痛むし、無理にやるとせっかくの綺麗なプラチナが痛むからやめた方が良いな」

「うう……。晃くんが言うなら我慢します」


 有希は思いとどまってくれたようだが、髪色を変えたいのか、しぶしぶと言った様子であった。


「じゃなく!」


 有希はノリツッコミみたいに言い放った。


「実家に帰るってどういうことですか? どういうことですか!?」


 大事なことなので2回言ったみたいな感じで、ズイッとこちらに迫ってくる。


 相変わらず、良い匂いが強くなって頬が赤くなってしまう。


「もしかして……。私のお料理に飽きてしまったのですか……」


 こちらとは反対に、有希の顔色が青くなってしまう。その顔色が、本気でそう思っていることを示していた。


「違うっての。有希の料理は毎日食べたいよ」


 ほとんど毎日食べているけど。


「うーん。プロポーズとしては3点ですね」


 なんかダメ出しされた。


「今時令和女子に、料理を毎日食べたいというプロポーズはちょっと……。最近は共働きが主流になっていますからね。それってのは、女が絶対に家庭に入って料理をしてくれって意味に捉われてしまいます」

「めっちゃダメ出しされる」

「それと。プロポーズは私からしますので、晃くんはいらんこと言うな。ですよ」

「すげーや。嬉しさと切なさと心強さが入り混じった感情になったわ」


 このまま有希とノリだけの会話をするのも楽しいが、話が随分と脱線してしまった。


「てか、実家に帰るってことなんだけどさ」


 ちゃんと元々の話題である実家に帰ることの説明をすることにしよう。


「進路のこと、ちゃんと親に言わないとと思ってな。大事なことだから面と向かって言いたいから」

「あ、なるほど。進路の話でしたか」

「そうそう。だから、2日ほど家を空けるよ」

「寂しいですが、仕方ありませんね。家族での大事な話の中に、関係のない私が行くのもおかしな話ですし」

「ごめんな」


 謝ると、コタツテーブルに置いていたスマホが震えた。


 スマホが震えるのは、正吾か有希くらいのもの。有希は目の前にいるし、正吾だろう。遊びのお誘いかな。なんて思っていると、どうやら違ったみたいだ。


「母さんだ」

「美咲さんですか。どうぞ、出てください。私は席を外しますので」


 有希は言いながら立ち上がり、キッチンへ向かった。


 電話をする時は席を外すのがマナーだが、ここは俺の家だからと有希が気を使ってくれたみたい。ほんと、できたメイド様だ。


 有希が席を外してくれたので遠慮なく電話に出ることにした。


「もしもし」

『もしもし晃。今、大丈夫?』

「ああ」

『実家帰ってくるんでしょ?』

「進路のことでな」

『そんなことはどうでも良いからさ』

「どうでも良くはないだろうが」


 大事な息子の進路をどうでも良いとか、よく言えたな、この親は。


『有希ちゃん。連れて来なさい』

「は? なんで?」

『なんでって、そりゃ母さんが久しぶりに有希ちゃんとゆっくりお話ししたいからよ。良いでしょ?』

「いや、俺は別に良いけど、有希に聞かないとわかんないよ」

『あ! 今、あんた有希ちゃんのこと名前で呼んだ! 名前で呼んだわ!』


 急にテンション上がった声を出してきやがる。


『なになにー? 付き合ってるのー? ねーねー?』

「あーあー! うぜーな! わかったよ! 連れて行くから! じゃあな!」


 母さんのラブコメ探知が機能仕掛ける前に電話を切った。あのおばちゃん、ラブコメ脳だから、他人の色恋沙汰にうるさいんだよな。


 ともあれ、実家に帰る時に有希も一緒なのがご所望みたいだ。連れて来ないとうるさいよな……。


 一応、誘ってみるか……。


 キッチンへ向かうと、手持ち無沙汰だったみたいで、何か料理の下拵えをしている有希の姿があった。


「あ、もう終わりました?」

「うん。それでさ……」


 実家に呼ぶのってちょっとハードル高いよな。流石に、まだ付き合って間もないのに実家に呼ぶのは嫌がられるかも。


「母さんが有希も連れて来いって言って……」

「行きます!」


 即答だった。


「行くの?」

「当然です! 晃くんのご両親に挨拶をしたかったですし、憧れの美咲さんとも会いたかったので。行くに決まってます!」


 有希は自分のメイド服を眺めて、「うーん」と悩んだ声を出していた。


「メイド服。クリーニングに出さないと」

「メイド服で来る気かよ」

「当然です」

「そこは当然ではないだろ!」


 この子はメイド服が正装だと思っているのだろう。


 曇りのない瞳で言われてしまった。


 とりあえず、有希は実家に行くのに乗り気だから良いけど、当日は普通の服で着てもらわないとな。


 父さんがびっくりするだろう。

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