第115話 バレンタインは、素直に欲しいと言う派か、知らないふりしてキョロキョロする派か、壊れる派に分かれるよね

 今日はバレンタインデーらしい。


 興味もないしそんなことはすっかり忘れていた。


 これは強がりではなくて、本当にそう思っている。


 大抵の男子は、「バレンタインのチョコ欲しいいい!」と女子にストレートにアピールする派か、「バレンタイン? あ、ああ、今日ってそんなんだっけ」とか知らないフリしてそわそわしては、自分の机の中とか、下駄箱とか確認して勝手に絶望する変化球派に分かれると思う。


 俺はマジで興味のない変化球亜種派。


 それというのも、小学生の頃からモテなかったし、目の前に恐ろしくモテるアホのイケメンがいたらから、バレンタインというのは正吾のものって認識だった。あのバカがいなかったら俺は変化球派の男子になっていたことだろう。目の前であんだけ壮大にモテてくれたからこそ、バレンタインに対して冷めた気持ちになれた。


 それは彼女ができた今でも変わらない。


 今日、有希からチョコをもらうことはなかった。生徒会が忙しくて忘れているのか、バイトが忙しくて忘れているのか。どちらにせよ、有希は忙しい人だ。チョコを作る暇なんてないだろう。 


 今は、チョコをもらうよりも大事なことがある。そろそろ有希の誕生日が近いので、彼女へどんなプレゼントを贈るかの方が重要だ。


「とりあえずは進学ってことね」


 バレンタインデーの放課後。職員室に出向いた。


 コーヒーの匂いと、どこかヤニ臭い独特の職員室の匂いはちょっと苦手である。


 校舎は禁煙なのに、ヤニ臭いのは、先生が外でたばこを吸って来ているのだろう。


「はい」


 そんな環境とは縁遠そうな、ゆるふわな猫芝先生へ歯切り良く答える。


 修学旅行の団結式の日に、修学旅行が終わったら進路希望調査を出して欲しいとのことだったので、簡単に書いて提出した。


「希望校とかはないの?」

「野球が強くて、自分の学力に合った学校を探しているんですけど、なかなか見つからなくて」

「そうよね。中学生なら、野球の強い高校を探す子は多いけど、高校生が野球の強い大学を探すって珍しいわよね」

「そっすよね」


 高校生が部活メインで大学を探すなんて珍しいと思う。部活をやっててのスポーツ推薦とかなら沢山いるだろうけど、大学を普通に受験するのに部活で選ぶなんて少ないよな。


「でも、それが守神くんのやりたいことなんだもんね。先生、守神くんにおすすめの学校探しておくわね」


 先生は俺の1年の時の光景を知っているからか、かなり肯定的で、俺の夢を否定するようなことは言わない。むしろ応援してくれている。


「ありがとうございます。ほんと、先生には助けられてばかりですね」

「2年になってからは、用済みみたいだったけど」


 歳不相応な、幼くも可愛らしく拗ねたような声に少し焦ってしまう。


「用済みって……」

「そりゃ先生なんかより、若くて、可愛くて、素敵な彼女がいるなら、こんなおばちゃん必要ないわよね」

「おばちゃんって。先生まだ三十路前じゃないですか。ピチピチですよ」

「三十路……」


 ズーンと、なにか重たい空気になり先生は手で顔を覆った。


「教師3年目でイケメン教師と同僚婚して、受け持った生徒達に祝福されて、自分の子を卒業生と在校生が見に来てくれて、ちょっと落ち着いたら、卒業した生徒と飲み会開いて、『先生のおかげで人生変われました』とか言ってもらえて最高の教師になる」


 ものすごい理想を吐き出した。


「現実は、教師3年目で元カレから結婚したって変なマウント連絡が来て、受け持った生徒達は卒業した後、なんにも音沙汰ないし。27になって仕事に慣れて来たら、地元の友達の結婚ラッシュだし……」


 物凄い現実を吐き出した。


「せ、先生も、可愛いんだし、きっと良い人が現れますよ」

「かわ、いい……?」


 ピタッと時が止まった。

 この時の停止はどちらの意味だろうか。


 顔を覆っていた手をどかした表情を見て、あかん方だと気が付く。


「可愛ければ結婚できる。そう思っていた時期が私にもありました。でもね、可愛いだけで良いのは20代前半だけよ。20代後半からは可愛いは作れるからまじで。ほんと。三十路のメイクテクえぐいから。私のすっぴんまじえぐいから。人生経験と共に職人並になるから。メイクアップした動画アップしたら広告収入で高収入得られるから。でも残念でした。公務員は副業できませぇん」


 やべー闇のスイッチ押しちまったみたいだ。


「あ、あはは……」


 愛想笑いしか浮かべなかった。


 この、やべー闇のスイッチを押したのは俺のせいだよな。なんとかフォローしないと。


「せ、先生には本当にお世話になっているし、あれですよ。卒業して、お酒が飲めるようになったら、一緒に飲みに行きましょうよ」

「……ほんと?」


 なんかメンヘラみたいな声だな。


「ほんと、ほんと」

「大平さんも一緒に来てくれる?」

「もちろんです」

「あ、待って。ちょっと待って」


 なにも言うつもりはなかったのに、なぜか制止を求められる。


「2人が揃ったら、またフュージョンして私に攻める気でしょ?」

「そんなつもりはないですけど」

「ありますぅ。修学旅行の時は、三十路のおばちゃんをとことん追い詰めてましたぁ。あの日、テキーラショット飲んでも酔わない程、糖度高かったから。周りの先生達が倒れていく中、無双状態の私だけ倒れてないし、二日酔いにもならなかったから。他の先生しんでるのに、私だけスノボめっちゃ楽しめたから。なんなの? バフなの? 2人の存在はバフなの? 推せるわぁ。そんなんめっちゃ推せるわぁ。こう×ゆきのカプビジュ最高に尊いわぁ。尊死するでござらんぬ。沼ってハマってじゃんけん諭吉。さらば諭吉。もうすぐ本当に1万円の偉人が変わるでござる。それってまじでさらば諭吉じゃん」


 この人、もうほとんどノリで喋ってない?


「え、えと、それじゃ先生。俺はこれで……」


 やべースイッチがまじでやべー方向に流れているので、戦略的撤退をしようとした時だ。


「え、待って。ちょっと待って」


 今度はガチの制止が入った。


「今日バレンタインデーじゃん。なに? こう×ゆきのイベントあるの? バレンタインのイベのキービジュ待ったなしでしょ、これ。激熱、激萌、激エモのキービジュなんでしょ?」


 先生。もうキャラぶっ壊れて何言ってるかわかんねぇや。


「守神くん! バレンタインのイベの詳細、また教えてね」

「教えるかっ!」

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